受難の水曜日 (マタ26,14-25)

「イエスはお答えになった。『わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る。人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。』」マタ26,23-24

人間は、愛に生きるために創造された存在ですので、愛に生きるときだけ人間らしい生活を送りますし、完全な愛が人間にとって最高の幸福なのです。この事実は、人間の心に深く刻まれているがゆえに、それをはっきりと意識しなくても、誰でも愛を求めて、それを絶えず探しているのです。けれども、愛を見つけても、それに忠実に生きる代わりに、イスカリオテのユダのようにそれを裏切り、自分の快楽や他の利益のためにこの愛を利用しようとしている人は、不幸ですし、回心しなければ、正にイエスが語っておられる通りに、「生まれなかった方が、その者のためによかった」ことになるのです。

私たちは、与えられている愛に忠実に生きることによって成長し、この愛を出会う人と分かち合うことができますように祈りましょう。

神よ、
あなたはわたしたちを悪の力から救い出すために、
独り子が十字架にかけられることをお望みになりました。
御子の復活の恵みにわたしたちをあずからせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。