四旬節第5月曜日C年 (ヨハ8,12-20)

「イエスは再び言われた。『わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。』」ヨハ 8,12

人間が長い間暗闇に留まると、光を求めても、明るみに出るのを怖がるようです。同じように、罪に生きている意味で、霊的な暗闇に生きている人は、心の奥深い所で、正しく生きる意味で光を求めても、罪の束縛から自由になることや正しい生き方を身に付けることに伴う、労苦や他の苦しみを恐れているために、霊的な暗闇に留まるのです。

キリストの光を受け入れた人々が、この恵みに忠実に生きることによって、イエス・キリストとともに光に生きることの素晴らしさを表して、暗闇に留まっている人を勇気づけ、世の光であるキリストのもとに導くことができますように祈りましょう。

恵みの源である神よ、 
豊かな祝福でわたしたちを満たしてください。
わたしたちが、日々罪に死んで新しいいのちに生き、 
栄光の現われを待ち望むことができますように。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

四旬節第1主日C年 (ルカ4,1-13)

「その期間が終わると(イエスは)空腹を覚えられた。そこで、悪魔はイエスに言った。『神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。』イエスは、『「人はパンだけで生きるものではない」と書いてある』とお答えになった。」ルカ4,3-4

私たちは、この世に生きている限り、不満、不安、不幸、孤独、心配、戸惑い、恐れ、怒り、悲しみ、ねたみ、不正な感じ、無力感などのような感情を抱くことがあり続けるでしょう。このような感情は、一種の苦しみですので、その状態からなるべく早く脱出することを求めても、不思議ではありませんが、この際、いろいろな誘惑の被害者にならないように注意する必要があると思います。

この誘惑というのは、私たちをこの苦しみから簡単に解放することができるように見える手段なのです。多くの場合、それは間違った方法、つまり自分を、または、他人を傷つけることになるようなやり方でこの感情を発散することです。それから、苦しんでいる自分を慰めたり、苦しみの代償としたりするために、すぐに喜びや満足感を自分にもたらすような行いです。このような行いは、一時的な安定感を与え、今の苦しみを少し和らげることができますが、元々の問題を解決はしないし、そのような手段によって、いろいろな苦しみから簡単に逃げることができるという間違った考え方を強くし、非現実的な期待を持たせるのです。結果的に、人間を苦しめる感情が前よりも頻繁に浮かぶようになりますし、ますます強くなりますので、この人の苦しみも大きくなるわけです。

イエス・キリストは、私たちをあらゆる苦しみから解放し、永遠に続く喜びと平和を与えるためにこの世に来られましたので、私たちに表面的な慰めや一時的な安らぎを与えるのではなく、私たちの苦しみの問題を徹底的に解決する方法を教えてくださるのです。そのために、イエスが示してくださる道は簡単ではありませんし、望ましい効果をすぐに出すようなものでもありません。けれども、この道だけが確実なものでありますので、私たちはイエスに信頼して、この道を歩み続けることができますように祈りましょう。

全能の神よ、 
年ごとに行なわれる受難節の典礼を通して、 
わたしたちに、
キリストの死と復活の神秘を深く悟らせてください。 
日々、キリストのいのちに生きることができますように。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって祈ります。アーメン。

年間第5金曜日 (マコ7,31-37)

「イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた。そして、天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、『エッファタ』と言われた。これは、『開け』という意味である。すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった。」マコ7,33-35

イエスは言葉を述べるだけで、どんな病気をも癒すことができました。しかし、もし言葉だけではなく、いろいろなしるしや象徴を用いたならば、それは病人が心を開き、癒しの恵みを受け入れるように、この人の信仰を深めるためのものであったでしょう。

カトリック教会の秘跡は、イエス・キリストが成し遂げてくださった救いの恵みにあずかる特別な場です。秘跡は恵みを与えながら、この恵みをしるしや象徴を用いて表しますので、この恵みをより豊かに受け入れるように、私たちがこのしるしや象徴の理解を深め、それによって私たちの信仰が深まり、心がさらに開かれますように祈りましょう。

救いの源である神よ、 
あなたは聖チリロとメトジオ兄弟を使徒として選び、 
スラブの民に遣わされました。 
わたしたちも神のことばに心を開き、 
一つの民となってあなたを賛美することができますように。
 聖霊の交わりの中で、 
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、 
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
聖なる父よ、
あなたはキリストによってわたしたちをあがない、
神の子どもとしてくださいます。
あなたの愛を受けた民を顧み、御子を信じる人々に、
まことの自由と永遠の喜びをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第5水曜日 (マコ7,14-23)

「(イエスは) 次のように言われた。『人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。』」マコ7,20-23

人間の悪い思いや悪い行いの原因は、外にあるのではなく人の心の中にあるということを、イエス・キリストが教えています。そのために、人間はいくら努力しても、環境や仲間を変えることができたとしても、心の中にある問題を解決しない限り、正しく生きることも幸せになることもできないのです。

私たちは正しく生きるために、表面的な努力に留まらず、父である神のいつくしみ深い愛を信頼し、勇気を出して自分の心をありのままに知ることができますように。そして、自分の心の中にある問題や悪を認めることによって心を開き、イエス・キリストの働きに協力して心を清めていただき、すべての束縛から解放されますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは倒れていた世界を、
キリストの死によって、
新しいいのちに立ち上がらせてくださいました。
信じる者を罪の束縛から解放し、
終わりのない喜びを味わわせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第4金曜日 (マコ6,14-29)

「王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。」マコ6,26-28

時に、私たちが行った悪は、小さくて、誰にも害を与えないように見えるので、その程度の悪なら問題がないと思うかもしれません。けれども、そのような悪を退けずに、それを行い続けることを自由に選ぶならば、段々と自由を失い、その悪の奴隷になってしまいます。そして結果的に、ヘロデ王と同じように、求めていない悪だけではなく、想像もしなかったような悪さえ行うことになる恐れがあるのです。

私たちは、悪に騙されることがなく、悪の被害者になることがないように、大きなことにおいても小さなことにおいても、必ず善を選ぶことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたの支配に逆らう悪の力を滅ぼしてください。
罪から解放されたわたしたちがあなたの国を待ち望み、
正義を行う者となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第27金曜日 (ルカ11,15-26)

「しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。」ルカ11,20

すべての人々を悪霊の力から守り、罪の奴隷状態や他の束縛から解放するために、神の御ひとり子が人間になっただけではなく、ご自分を罪人の手に渡し、十字架上でご自分の命をささげることまでしてくださったのです。

私たちは、神の救いの神秘であるイエス・キリストの生涯を黙想したり、学んだことを実行したり、他の人に伝えたりすることによって、イエスとますます強く結ばれ、愛に生きるために段々と自由になり、父である神との交わりを深めることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
わたしたちは、
聖霊によってあなたの子どもとしていただきました。
あなたを父と呼ぶわたしたちを、
約束された永遠のいのちに導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第15木曜日 (マタ11,28-30)

「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」マタ11,29-30

   人間は、いくら大きな力を持っても、自力では幸せにならないので、自分の力によって幸せを手に入れようとする努力は、目指す結果が得られる可能性のないような労苦と同じように、空しいし辛いし、恐れや不安をもたらします。逆に、愛している人の善のための労苦は、実際に辛くても、それほど辛く感じていないし、喜びと平安をもたらすようなものなのです。

私たちは、真の平和と安らぎ、永遠に続く幸福を与えることのできる唯一の方であるイエス・キリストに、すべてをゆだねることによって、安心して生き、キリストの愛の力によって強められて、与えられた使命を果たし、より多くの人を支え、生かすことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第4水曜日 (ヨハ12,44-50)

「イエスは叫んで、こう言われた。『わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。』」ヨハ12,44-46

この世界を創造してくださった神は、私たちが生きている現実を完全に超えておられる方ですので、人間はいくら頭が良くても、いくら努力しても、神のことを知ることができませんし、知らない神を愛することもできないのです。幸いにも、イエス・キリストにおいて、神はご自分自身を完全に私たちに現してくださったので、今イエスを知ることによって神を知ることができますし、イエスを愛することによって神を愛することもできるのです。

すべての人々がキリストを知ることによって、私たちの父である神を知ることができますように。そして、神の愛の偉大さとその素晴らしさに憧れて、神のもとに近づくことができますように祈りましょう。

信者ものの力である神よ、
あなたは聖マキシミリアノ・マリア・コルベの心を
汚れないおとめマリアへの愛で燃え立 たせ、
宣 教の熱 意と隣人愛で満 たしてくださいました。
聖人の殉教を記念し、その取り次ぎを願うわたしたちが
神の国のために自分を捨てて人びとに仕え、
死に至るまで御子イエスに従がうことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
全能の神よ、
あなたは信じる者の力、貧しい者の救い、正しい者の喜び。
あなたの約束に信頼し、
祈り求めるわたしたちを、豊かな恵みで満たしてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。