年間第12木曜日 (マタ7,21-29)

「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」マタ7,21

正しい道、つまり、自分が目指す目的に導く道を知ることは、大事ですが、それだけでは十分ではありません。目指している目的に到達するために、この道を眺めるだけではなく、やはり、現在いるところを離れて、この道を歩まなければならないのです。

私たちは、父である神のもとへ導く道を示してくださるイエス・キリストの教えを実行し、イエスの模範に倣って生きることによって、父である神の「家」に着くことができますに祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
司教聖イレネオは正しい教えを伝え、
教会の一致を守るためにいのちをささげました。
聖人の取り次ぎを求めるわたしたちが信仰と愛に強められ、
平和と一致のために尽くすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

全能永遠の、神である父よ、
わたしたちの行いが、
いつもみ旨にかなうよう導いてください。
御子キリストのうちにあって、
豊かな実りを結ぶことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2水曜日 (ヨハ3,16-21)

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」ヨハ 3,16

  イエス・キリストを信じるとは、イエスがキリスト、つまり神に遣わされた救い主であると認めることだけではなく、キリストに信頼して、聞き従うことでもあるのです。私たちは、キリストのことを正しく理解することによってではなく、キリストに従うことによってだけ、つまりキリストと共に、キリストのように生きることによってだけ、永遠の命の源である神に近づくことができます。

イエス・キリストを信じる私たちは、自分の弱さや不注意のゆえに倒れても、キリストが示した道から逸れても、何よりも私たちの救いを求めるキリストのいつくしみ深い愛を思い起こし、恐れずにキリストのもとに戻り、和解し、父である神への道を歩み続けることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
わたしたちは年ごとに主の過越を記念し、
復活の希望に満たされます。
信仰をもって祝うこの神秘を、
日々生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

 

年間第11土曜日 (マタ6,24-34)

「だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」マタ6,31-32

   イエス・キリストは、あらゆる被造物の中で、あらゆる出来事において、父である神の愛のわざを見出すことができましたので、神の愛の中に生きることと、この愛について、確信を持って力強く語ることができたのです。

私たちもイエスと同じように、自分の周りにも自分の人生の中にも、神の臨在と神のいつくしみ深い働きを見出すことによって、神に対する私たちの信頼が深まり、自分の現在と未来を父である神にゆだねて、安心して神の愛に生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
わたしたちは、聖霊によってあなたの子どもとしていただきました。
あなたを父と呼ぶわたしたちを、
約束された永遠のいのちに導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第11金曜日 (マタ6,19-23)

「富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」マタ6,20-21

   多くの人々は、自分の宝としているものを守ろうとして、他の人と争ったり、他の人を滅ぼしたりして、かえって最終的に自分たちの滅びを招いているのです。けれども、父である神との愛の絆を、ご自分の最高の宝としていたイエスは、いろいろな人に攻撃されても、皆と神の愛を分かち合うことによって、すべての人を生かそうとしていましたし、それはまた自分自身の完成に向かって歩んでいることでもあったのです。

私たちは、イエスに倣って、父である神の愛を自分の最高の富にすることによって、あらゆる状況において他の人を生かし、自分たちも生かされますように祈りましょう。

万物を治められる神よ、
世界の歩みを力強く導いてください。
現代に生きる教会が人々に仕え、
平和のために尽くすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

4月25日 聖マルコ福音記者 (マコ6,15-20)

「弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。」マコ16,20

聖マルコは、イエス・キリストを信じたがゆえに差別や迫害されたり、あるいは財産だけではなく命まで奪われたりした仲間のキリスト者を励まし、力付けるために書き記した福音書の中で、小さい悪をとおしても、イエス・キリストの受難と十字架上の死のような最大の悪をとおしても、働くことができる神の力、また、あらゆる苦しみとあらゆる悪から善を引出すこともできる神の力を示して、この力と愛のためにこそ、神は悪魔や人間から反対されればされるほど、ご自分の救いの計画をますます素晴らしく実現することができることを教えてくださいました。

私たちは、聖マルコの証しと教えを受け入れること、何よりも聖マルコが描いている力強い神の働きを、自分の人生の中で見出すことができますように。そして、神ご自身の愛と力を信頼して、どんな状況においてもイエス・キリストに忠実に従い、与えられた使命を果たすことができますように祈りましょう。

すべての人の救いを望まれる神よ、
あなたは福音宣教のために聖マルコを選び
救いの訪れを書き記す恵みをお与えになりました。
聖人の祝日を祝う私たちが、
福音の光に照らされて、
キリストに忠実に従うことができますように
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第4月曜日B年C年 (ヨハ10,1-10)

「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである」ヨハ10,1-2

  私たちの生活をもっと楽しく、もっと快適に、もっと健康的に、もっと豊かなものにすると約束している人は、殆どの場合、ただ私たちを利用して、自分の利益だけを求めていますが、私たちに永遠で豊かな命を与えると約束してくださったイエスは、私たちのために、ご自分の命をささげてくださったのです。

自分の利益よりも私たちの善を求め、ご自分の命よりも私たちの命を大切にしておられるイエスに信頼して、イエスに自分の人生を完全にゆだねることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは、倒れていた世界を、
ひとり子のへりくだりによって立ち上がらせてくださいました。
罪のきずなから解放されたわたしたちを喜びで満たし、
永遠のいのちに導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

 

復活節第3水曜日 (ヨハ6,35-40)

「父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。」ヨハ6,37-38

  イエスは、ご自分のもとに来る人を、どんな人であっても受け入れてくださいます。それは、自分の利益ばかりを求める人であっても、罪を犯してきたことによってこの罪の対象に執着していて、正しい生き方や他人を愛することができない人であっても、必ず受け入れられるのです。ですから、誰でも安心してイエスのもとに近づけばいいのです。けれども、イエスが与えてくださる最高の賜物を受け入れることができるためには、開かれた心、つまり自分の価値観や自分の望み、また、人間関係や自分の生き方を、変える覚悟を持つ必要があるのです。

私たちはイエスと共に生き、イエスに従うことによって、イエスの働きを承諾し、自分自身を少しずつ変えることをイエスに承諾することができますように祈りましょう。

世界を治められる神よ、
あなたの家族を顧みてください。
信仰の恵みを受けた人々が御子イエスの復活にあずかり、
終わりなく生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2火曜日 (ヨハ3,7a.8-15)

「天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」ヨハ 3,13-15

 イエス・キリストの十字架上の死は、人類の歴史の中で起こった最も大きな悪なのです。父である神が、この恐ろしい悪が起こるのを許してくださったのは、キリストの苦しみと死、また、イエスの復活によって、自分の愛の偉大さを示すことができる、また、この愛によって多くの人々をご自分のもとに引き寄せることができると、知っておられたからです。

ますます多くの人々が、キリストの死と復活において、私たちの罪や死よりも力強い神の愛の偉大さを見出すことができますように。そしてこの愛に憧れて、父である神のもとに近づくことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
わたしたちを世に遣わしてください。
復活された主・キリストをあかしする者となり、
復活の喜びをすべての人と分かち合うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

4月24日 復活節第2月曜日 (ヨハ3,1-8)

「イエスはお答えになった。『はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。』」ヨハ 3,5-6

「霊から生まれる」とは、宇宙万物の創造主である神の霊、つまり神の命と愛を受け入れることによって、神の子どもになることなのです。神には、人をご自分の子どもにする方法が沢山あると思いますが、私たちに知らせた方法というのは、洗礼を受けることなのです。

ますます多くの人が洗礼を受けることによって、神の子どもになるように、そして神の子どもとして生きることによって、ますます神の心に適う子どもとなり、神の命と神の愛に永遠にあずかって生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたを父と呼ぶわたしたちが、
いつも神の子どもとして歩み、
約束された国に入ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

復活節第2主日(いつくしみの主日) (ヨハ20,19-31)

「神を愛するとは、神の掟を守ることです。神の掟は難しいものではありません。神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それは私たちの信仰です。」1ヨハ5,3-4

  2000年前から、数え切れないほど多くの人々が、復活されて生きておられる主イエスと出会っています。主イエスと出会うことは、神のいつくしみ深い愛と出会うことですので、この出会いはこの人たちの心を変えるのです。イエスとの出会いで心を変えられた人たちは、神の愛を他の人たちに語ろうとします。しかし、この人たちが話す言葉よりも、彼らの生活の仕方、つまり、イエスのような彼らの生き方が、神の愛の力強い証しとなっています。

この人たちの証しを受け入れる人は、イエスの姿を見たことがなくても、イエスの声を聞いたことがなくても、イエスが本当に生きていると信じるようになるし、イエスに信頼し、イエスを愛するようになります。結果的にこの人たちも、イエスが示した生き方を身に付けるようになります。こうして、キリスト教的な共同体が発展し、神の民が成長していくのです。

この共同体は、ただ互いに愛し合って、楽しく生きるために生まれるのではなく、共同体として、イエスが生きておられることを宣べ伝え、神のいつくしみ深い愛を証しするという使命を与えられています。私たちは、生きておられるキリストを中心にして、イエスの教えに従って生きようとすることによって、この使命を果たすことができますように祈りたいと思います。

あわれみ深い神よ、あなたは、
キリストのとうとい血によってわたしたちをあがない、
水と聖霊によって新しいいのちを与えてくださいます。
年ごとに主の復活を祝うわたしたちが洗礼の恵みを深く悟り、
信仰に生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。