5月29日 復活節第7月曜日 (ヨハ16,29-33)

「だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」ヨハ16,32-33

   私たちは、多くの場合、神の御臨在を感じなくなるときや、思い通りにならないときや苦しい目に逢うときに、神に見捨てられているとか、神に忘れられているとか、神が私たちを助けてくださらないなどのように感じて、不安になりがちなのではないかと思います。そして、そうなると神の導きに忠実に従うことができなくなるのです。イエスは、どんなときでも、父である神が一緒にいてくださり、必ず助けてくださると確信していたからこそ、与えられた使命を完全に果たすことができたのです。

私たちは、いつも一緒にいてくださると約束してくださったイエスに信頼して、どんな状態においても、イエスを頼りにして、イエスの勝利にあずかることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
聖霊をわたしたちの上に注いでください。
日々の生活の中で、
いつもみ旨を行うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6土曜日 (ヨハ16,23b-28)

「あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」ヨハ16,23-24

   イエスの名は、魔法の言葉ではありません。つまりイエスの名を唱えるだけで、すべての願いがかなえられるとか、欲しいものを何でも手に入れることができるわけではありません。イエスの名によって祈るとは、イエスが父である神と心を一つにして祈ったように、イエスと心を一つにして祈ることなのです。

私たちは、父である神が私たちのすべての真の必要性を満たしたいと望んでおられることをますます強く信じ、神に信頼することによって、神が私たちの中で、また、私たちを通してますます自由に働き、私たちに関するご自分の計画を実現することができますように祈りましょう。

いのちの源である神よ、
わたしたちがよい業に励み、
み旨を行うよう導いてください。
いつもよりよいものを目指して進み、
主の死と復活の神秘を生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

5月28日 主の昇天A年 (マタ28,16-20)

「イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」マタ28,18-20

イエスは、父である神から一切の権能、すなわち神ご自身の権力を与えられたと言われましたが、この権力とは、どのようなものなのでしょうか。

この世において、神の望みに適わないことが沢山起こっていますので、神は残酷な悪に対して無力であるような印象を受けることがあっても、不思議ではないでしょう。けれども、神の支配はそのような印象を与えることがあっても、実際に、父である神がこの世の真の支配者であり、神には創造のわざを最初から求めていた目的に導く力があるのです。

神が無力であるように見えるのは、神の支配の仕方が、私たちが自分の経験から知っている支配の仕方と全く異なっているからです。この世の支配者と違って、神は一人ひとりの人間の自由意志を尊重しておられるがゆえに、神がご自分の意志を実行するために、絶対に暴力を用いることがありません。神が用いる唯一の力というのは、忍耐強くて、誠実な愛なのです。神はこの愛によって人間をご自分のもとに引き寄せ、この愛によって人と、死よりも強い絆を結び、この愛によって人と永遠に一致しておられるのです。

残念ながら、神の愛が無力で、何も役に立たないと思っている人々は、この愛に応えず、神を無視したり、神に逆らったり、神を攻撃したりします。神は、愛しておられる人間のこのような振る舞いによって、傷付けられ苦しみますが、決してこの苦しみに左右されることがありません。人が神に逆らったりすることによって神を苦しめても、神はこの人を愛し続けるし、この人のために善を行い続けます。神はご自分に、より大きな苦しみを与えた人に、より大きな愛を注ぎます。人間の振る舞いしか変えることのできない暴力と違って、神の愛には人間の心を変える力、人間をキリストの姿に変える力があるのです。

さて、イエス・キリストを自分の主として認めている私たちが、イエスの導きに従い、イエスと同じように愛に生きることによって、神ご自身の愛を証しし、神の支配を広めることができますように祈りましょう。

 全能の神よ、
あなたは御ひとり子イエスを、
苦しみと死を通して栄光に高め、
新しい天と地を開いてくださいました。
主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています。
キリストに結ばれるわたしたちをあなたのもとに導き、
ともに永遠のいのちに入らせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6金曜日 (ヨハ16,20-23a)

「ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」ヨハ16,22

成長するためには、慣れてきた考え方や生き方を手放す必要があります。また、場合によっては慣れてきた環境を離れる必要もあります。同時に、慣れていない考え方や生き方を身に着けたり、慣れていないところに進んで赴いたりする必要があります。ですから、成長には、必ず悲しみや不安などのような苦しみが伴うわけです。

私たちはイエスに信頼して、イエスの導きに従って、必要に応じて慣れてきた道を離れて、慣れていない道を歩むことによって、心の中で何よりも強く求めている目的に、到達することができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
御ひとり子の奉献によって約束された世界の救いを、
福音宣教を通して実現させてください。
キリストのことばを受け入れて、
すべての人が神の子どもとなりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6木曜日 (ヨハ16,16-20)

「はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。」ヨハ16,20

人間が誰かを愛するようになると、相手の苦しみが自分の苦しみになります。また、この人と一緒にいることができないとか、話をすることができないというようなことも苦しみをもたらします。このような、愛に伴う苦しみを避けるために、愛そのものを諦める人が大勢いるようですが、苦しみの中にも愛にとどまる人の愛だけが完成されるのです。

愛によってイエスと結ばれた私たちは、どんな状況においてもこの愛に忠実に生きることができますように。そして、私たちの愛が完成され、この世が知らない喜びの内に、イエスと共に永遠に生きることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
救いの恵みにあずかったあなたの民を顧みてください。
主の復活を喜び、
いつも感謝のうちに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

復活節第6水曜日 (ヨハ16,12-15)

「その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。」ヨハ16,13-14

   イエスを知るために神の言葉である聖書を読むこと、読んだことの理解を深めるためにそれを黙想したり、それについて勉強したりすることが大事ですが、決定的なのは、イエスが遣わしてくださった聖霊を受け入れ、聖霊の導きに従うことなのです。

私たちは、理解したことや、正しいと思って神の望みであると信じたことを実行することによって、聖霊の導きに従うことができますように祈りましょう。

万物を治められる神よ、
御子イエスの復活を祝うわたしたちを顧みてください。
救い主が再び来られる時、
すべての聖人とともに喜び迎えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6火曜日 (ヨハ16,5-11)

「実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。」ヨハ16,7-8

   イエス・キリストが遣わしてくださった聖霊は、神の愛についての真理だけではなく、私たちの罪をも表してくださっていますので、聖霊の働きは私たちの内に喜びだけではなく、悲しみをも呼び起こすのです。

私たちは、聖霊のすべての働きに協力することによって、あらゆる罪や執着、また他のすべての妨げから解放されて、神の愛と命を受け入れることができますように祈りましょう。

すべてを導かれる神よ、
教会は新しい民を迎えて若返り、
喜びに満たされています。
あなたの子どもとなる恵みを受けたわたしたちが、
感謝のうちに救いの完成を待ち望むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6月曜日 (ヨハ15,26—16,4a)

「人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。彼らがこういうことをするのは、父をもわたしをも知らないからである。」ヨハ16,2

人間を創造し、人間に命をお与えになった神は、この人間をご自分の御ひとり子を与えるほど愛しておられます。それにもかかわらず、人に害を与えたり、人を殺したりすることによって神に奉仕すると思う人が、現在も大勢います。この人たちは、どれほど神を知らないのでしょうか。そして、どれほど神から離れているのでしょうか。

私たちは、キリストによって神に近づき、神との交わりを深めることによって、父である神が本当にお望みになることを行い、神を証しし、神の真の姿を現すことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
復活節の典礼にあずかるわたしたちが、
その恵みを豊かに受け、
信仰の喜びを人びとに伝えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

復活節第5土曜日 (ヨハ15,18-21)

「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。」ヨハ15,18

  イエスは真の愛に生き、真の愛を伝えることによって、偽りの愛で満足しようとしている人や、自分の利益だけを求める権力者に挑戦することになったので、この人たちに憎まれて、苦しめられました。私たちは、自分の人生がイエスと結ばれ、イエスと同じように真の愛に生きるならば、イエスの喜びだけではなく、イエスの苦しみにもあずかることを覚悟する必要があるのです。

私たちは、周りの人の反応によって左右されることなく、自信ではなく確信を持って(自分の力を信じるのではなく、イエスの力に信頼して)、イエスの道を歩み続けることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、あなたは、
信じる人々を洗礼によって神の子どもとしてくださいます。
キリストの復活のいのちにあずかるわたしたちを、
神の国の完成に導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

5月21日 復活節第6主日A年 (ヨハ14,15-21)

「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」ヨハ14,21

愛そのものは、形のないものですので、愛している人が自分の愛を表現しない限り、誰もこの愛を知ることができません。けれども、愛されている人は、愛されていることを認識するために、この表現を愛の表現として受け取らなければならないのです。

父である神は数えきれないほど多くのしかたで、私たちに対するご自分の愛を表してくださいます。この世界と私たちを創造してくださったこと、絶えず私たちの命を支えてくださることは、神の愛の表現です。神の愛のもっとも完全な表現というのは、イエス・キリストです。イエスの教えだけではなく、イエスの生き方、イエスの死と復活は、父である神の愛の素晴らしさと偉大さを現しています。イエスが遣わしてくださった聖霊もご自分の働き、特にキリストの神秘的な体である教会を生かし導くこと、神の言葉である聖書を私たちに与え、聖書の言葉をとおして私たちに語り、私たちの暗闇を照らし、慰め、癒し、力付けることによって、神の愛を現してくださるのです。

神はご自分の愛を、それ程までに強く表現しておられるにも関わらず、誰かがまだ神の愛を知らずに、神に愛されていることを認識していないとするならば、それは、自分の目や耳、特に自分の心を開いていないということになるのです。

ますます多くの人が神の愛の表現を読み取ることによって、神の愛を知るようになり、この愛を受け入れ、愛に生きることによって、自ら他の人のために神の愛のしるしになりますように祈りましょう。

全能の、神である父よ、
復活された主イエスの記念を真心こめて祝います。
この喜びを、
わたしたちが日々の生活の中に保つことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。