7月22日 聖マリア(マグダラ) (ヨハ20,1-2,11-18)

「マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、『わたしは主を見ました』と告げ、また、主から言われたことを伝えた。」ヨハ20,18

今日記念するマグダラの聖マリアは、イエスと出会い、イエスを愛するようになったことによって、罪から解放され、復活なさった主の最初の証人になる恵みを受けたのです。

マグダラの聖マリアの模範と取り次ぎの祈りによって支えられて、私たちもますます深くイエスを愛することによって、ますます自由になって、生きておられる主イエスをますます力強く証しすることができますように祈りましょう。

わたしたちの父である神よ、
マグダラの聖マリアは、
復活の喜びを伝える最初の人となる恵みを受けました。
聖女の祈りと模範に支えられて、
わたしたちも復活されたキリストを宣べ伝え、
その栄光を仰ぎ見ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月23日 年間第16主日A年  (マタ13,24-43)

「僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。」マタ13,27-28

私たちは、毎日のように苦しみや悪を体験しています。この世に悪が存在しているがゆえに、神は良い方であると信じることのできない人や、神の存在そのものを否定している人がいるようです。神を信じるためだけではなく、神を愛することができるためにも、悪の由来、また、神と悪の関係を知る必要があると思います。

「毒麦」のたとえを通してイエスが教えてくださるとおり、そもそも創造主である神が、悪を創ってはおられないし、悪の存在を求めてもおられないのです。けれども、麦を育てるために畑を作った人は、毒麦にも生える可能性を与えたように、神は、人間に最高の善を与えるためにこの世界を創造されたことによって、悪が存在することをも可能にされたのです。

神が世界を創造してくださった最終的な目的というのは、人間が愛によって神と結ばれて、神の命にあずかり、永遠に神と愛の交わりの内に生きることです。人間は愛することができるために、神から自由意志を頂きました。しかし、自由意志は人間に愛する可能性を与えるだけではなく、悪を行う可能性をも与えています。残念ながら人間は、「敵」に騙されて、神に背いてから、この世に悪が生まれ、この世に苦しみと死が入り込んだのです。

神が人間から自由意志を奪い取れば、確かに、人間は悪を行うことができなくなりますが、同時に愛することもできなくなるのです。結果的に、最終的な目的に達することができず、永遠に不幸になりますので、自由意志と共に愛する可能性を失うことは、人間にとって最悪であると言えます。

人間が自由意志という賜物の本来の目的に逆らって、悪を行っても、神はこの人を諦めませんし、愛し続けています。神はご自分の愛を示すことによって、この人の心の中でご自分に対する愛を起こそうとし、ご自分との一致へと忍耐強く導いてくだるのです。

恵み豊かな神よ、

あなたを仰ぎ見る民に、
聖霊を惜しみなくお与えください。
信仰、希望、愛に燃えて、
いつもあなたのことばに従うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第15金曜日 (マタ12,1-8)

「もし、『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』という言葉の意味を知っていれば、あなたたちは罪もない人たちをとがめなかったであろう。」マタ12,8

昔も、残念ながら現在でも、宗教、または、神の名によって、人が他の人に害を与えることがありますが、そのように振る舞う人たちは、神のことをまったく知らないのだということがわかります。なぜなら、イエス・キリストが教えてくださったとおりに、人間の創造主である神は、すべての人々を愛し、一人ひとりのために善のみを求め、すべての人が神を愛するだけではなく、互いに愛し合うことをも、求めておられるからです。

神の名を悪用して、他の人に害を与えている人たちは、回心して、何かの組織や思想のためではなく、神の望みに従って、他の人のために生きるようになって、必要に応じて人を生かし高めるために、他の人の命を犠牲にするのではなく、イエス・キリストのように自分自身の命をささげることができますように祈りましょう。

 

年間第15木曜日 (マタ11,28-30)

「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」マタ11,29-30

   人間は、いくら大きな力を持っても、自力では幸せにならないので、自分の力によって幸せを手に入れようとする努力は、目指す結果が得られる可能性のないような労苦と同じように、空しいし辛いし、恐れや不安をもたらします。逆に、愛している人の善のための労苦は、実際に辛くても、それほど辛く感じていないし、喜びと平安をもたらすようなものなのです。

私たちは、真の平和と安らぎ、永遠に続く幸福を与えることのできる唯一の方であるイエス・キリストに、すべてをゆだねることによって、安心して生き、キリストの愛の力によって強められて、与えられた使命を果たし、より多くの人を支え、生かすことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第15水曜日 (マタ11,25-27)

「そのとき、イエスはこう言われた。『天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。』」マタ11,25-26

幼い子どもが、大人の助けがなければ生きることができないように、すべての人々は、父である神の助けなしに生きることができません。まして、私たちは、自分の力だけでは神の国に入り、永遠の命を手に入れることなどできないのです。

ますます多くの人々が自分の限界を認めて、幼子のように謙虚になって、全能の神である父の助けを受け、父を信頼し、その導きに従って生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
わたしたちは、
聖霊によってあなたの子どもとしていただきました。
あなたを父と呼ぶわたしたちを、
約束された永遠のいのちに導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第15火曜日 (マタ11,20-24)

「カファルナウム、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。」マタ11,24

   イエス・キリストは、ご自分の行いと言葉によって、神のいつくしみ深い愛を現し、例外なくすべての人々が父である神に愛されて、愛の交わりに招かれているということを力強く宣べ伝えましたが、同時にこの招きには、期限があるということをはっきりと教えました。この期限が過ぎたら、神の愛の招きを受け入れなかった人は、神の愛に応えたいと望むようになっても、永遠にそれができないということです。

神の愛の交わりへの招きをすでに受け入れた人々は、神の愛に忠実に生きることによって、神の招きを他の人に伝えることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたの支配に逆らう悪の力を滅ぼしてください。
罪から解放されたわたしたちがあなたの国を待ち望み、
正義を行う者となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第15月曜日 (マタ10,34-11,1)

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」マタ10,34

   医者が誰かに病気を宣告することによって、この人に不安をもたらすように、イエスも、人々が罪に生きている、つまり神との関係、他の人との関係、さらに自分自身との関係が正しくないという事実を知らせることによって、この地上に不安をもたらします。滅びに向かって生きていても、この事実を知らないだけで、安心して生きている人々の平和をイエスが破壊するのは、この人を愛しておられるからだけではなく、この世の罪を滅ぼす力を持っておられるから、また、この人の心を癒すことによって、あらゆる関係を癒し、永遠に続く、真の平和を与える力をも持っておられるからです。

私たちは、イエスの愛と力を信じて、自分自身の現実、自分自身の問題を、ありのまま認識することができますように。そして、心を開いて、必要な助けを受け入れて、完全に癒されますように祈りましょう。

恵み豊かな父よ、
あなたは聖ベネディクトを選び、
修道生活の偉大な指導者とされました。
わたしたちもすべてに越えて神を愛し、
そのおきてを、惜しみない心で守ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第14土曜日 (マタ10,24-33)

「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」マタ10,28-31

人間は自分を生かすものを恐れたり、逆に自分に害を与えるものを求めていたりすると、健全に生きることができないでしょう。これは、何が良いか、何が悪いかが分からない人々の、現実的な問題なのです。

恐れなくてもいいものと同時に恐れるべきもの、また、拒否すべきものと求めるべきものを、私たちに教えてくれるイエス・キリストを信頼して、真の危険をさけながら、真の善を受け入れることによって健全に生き、現実的で正しい価値観を、他の人に伝えることができますように祈りましょう。

全能永遠の、神である父よ、
わたしたちの行いが、
いつもみ旨にかなうよう導いてください。
御子キリストのうちにあって、
豊かな実りを結ぶことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月16日 年間第15主日 A年 (マタ13,1-23)

「ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」マタ13,8

イエスのたとえの種を蒔く人は、良い土地だけではなく、実を結ぶ可能性のほとんどないところにも大切な種をまきます。それは、この人が、蒔き方が下手であるためではなく、神の気前の良さ、神の賜物の与え方を示しているからです。

「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタ 5,45)とイエスが教えてくださった通りに、神は、善人とか、正しい人、つまり神のたまものを大切にする人だけではなく、あらゆる人に命を与え、例外なしにすべての人を支えて、一人ひとりに必要な能力を与えてくださいます。神がそうなさるのは、すべての人を愛しておられるからです。神は、他の人が、また、本人さえもが知らなくても、一人ひとりの最も優れた能力を知っておられます。ですから、本人を含めて、もう誰も期待していない人からも、豊かな実を結ぶことを求めておられるのです。

すべての人の最も優れた能力というのは、「天の父の子となる」(マタ 5,45)こと、つまりイエス・キリストのような人になるということなのです。私たちがどの程度イエスに似てきたかということは、どれほどの実を結んだかということになります。したがって、自分をイエスと比較することによって、自分が何倍の実を結んでいるかということが分かるわけです。

もし、神が喜ぶように豊かな実を結びたいと望んでも、実際にはまだ実を結んでいない、それとも少ししか結んでいないならば、その原因を探す必要があります。そして、自分の成長を妨げるものをなくすようにするために、自分にできることをしなければならないのです。

神からいただいている、溢れるほど豊かな恵みに、心を込めて協力することによって、私たち一人ひとりが百倍の実を結ぶこと、つまりイエス・キリストのようになることができますように祈りましょう。

すべてを照らしてくださる神よ、
あなたは、
暗やみにさまよう人たちがまことの道に立ち帰るように、
真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が、
信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第14金曜日 (マタ10,16-23)

「あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれるからである。また、わたしのために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。」マタ10,17-19

   イエスは使徒たちを派遣するときに、彼らが人々に無視されることだけではなく、憎まれること、そして迫害されることについても正直に話してくださいました。と同時に、このような状況下でも、弟子たちが受ける苦しみを通して聖霊が働き、イエスが成し遂げた救いのわざを完成に導いてくださるから、心配する必要はないと教えてくださったのです。

私たちはイエスの言葉を信じて、想定外の望ましくない状態も、いろいろな苦しみさえも、キリストから与えられた使命を果たす機会であることを忘れることなく、いつも安心して、キリストの愛を証しすることができますように祈りましょう。

すべてを治められる父よ、
み旨にしたがって生きる人に、
あなたは神の国の喜びを備えてくださいます。
あなたからいただくすべてのものが、
救いのみわざの完成に役立つものとなりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。