年間第14水曜日 (マタ10,1-7)

「イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。『異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、「天の国は近づいた」と宣べ伝えなさい。』」マタ10,5-7

神の国は近づいたと宣べ伝えるように派遣された使徒たちは、この使命を果たすために必要な力、汚れた霊を追い出す力と人々の病気や患いを癒す力を与えられました。

洗礼を受けた時に、同じように派遣された私たち一人ひとりも、この使命を果たすために必要な力、つまりカリズマを与えられましたので、このカリズマを認識し、それを用いて、発達させることによって、私たちが成長し、与えられた使命をますます力強く果たすことができますように祈りましょう。

恵み豊かな父よ、
あなたは聖ベネディクトを選び、
修道生活の偉大な指導者とされました。
わたしたちもすべてに越えて神を愛し、
そのおきてを、惜しみない心で守ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
わたしたちの神である父よ、
心を尽くしてあなたに仕え、
すべての人を愛する恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第14火曜日 (マタ9,32-38)

「二人が出て行くと、悪霊に取りつかれて口の利けない人が、イエスのところに連れられて来た。悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆し、『こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない』と言った。しかし、ファリサイ派の人々は、『あの男は悪霊の頭の力で悪霊を追い出している』と言った。」マタ9,32-34

   自分たちの生き方が正しいと思い込んでいたファリサイ派の人たちは、イエスの行いが、超自然的なものであることを否定することができませんでしたが、イエスを通して神が働いておられることを認める代わりに、悪霊の頭が働いていると決めつけたのです。おそらくそれは、神の力であると認めたら、イエスの教えに従って自分たちの生き方を変えなければならなかったけれども、悪霊の力だと決めつければ、イエスの教えに従う必要がないだけではなく、イエスを攻撃することが正しいものだと考えることもできたからでしょう。

正しくない振る舞い方を正すことが辛くても、事実から逃げることなく、自分の人生の中における神の働きとその導きを、受け入れることができますように祈りましょう。

天地万物を治められる神よ、
あなたの民の祈りをいつくしみをもって聞き入れ、
世界に平和への道を示してください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第14月曜日 (マタ9,18-26)

「イエスがこのようなことを話しておられると、ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。『わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。』・・・イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。」マタ9,18.26

イエス・キリストは、病人を癒したり、死者をよみがえらせたりすることによって、私たちのあらゆる病気、すなわち体、心、魂の病気を癒す力、さらに永遠の命を与える力があることを示してくださったのです。

ご自分の傷によって私たちを癒し、ご自分の死と復活によって死を滅ぼし、私たちにこの地上の生活のための希望だけではなく、死を超える希望をも与えてくださったイエスに感謝しながら、この希望に強められて、イエスに忠実に従うことによって、この希望を他の人に伝えることができますように祈りましょう。

すべてを一つに集めてくださる父よ、
信じる人々が、
あなたにふさわしい礼拝をささげることができるのは
あなたの恵みによるものです。
今ここに集まっているわたしたちが、
約束された国に向かってともに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第13土曜日 (マタ9,14-17) 

「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」マタ9,17

   私たちが神からの恵みとしていただいた信仰は、非常に大きなチャンスです。それは、豊かで有意義な人生を送るチャンスであり、人間として完成されて、神が最初から私たちのために求めておられた至福に永遠に生きるチャンス、また、私たちが愛している人々を神のもとに導くチャンスなのです。

私たちはこのチャンスを無駄にしないように、全面的にキリストを信頼して、イエスを自分の人生に受け入れ、あらゆる面において自分の生き方をイエスの生き方に合わせることができますように祈りましょう。

天地万物を治められる神よ、
あなたの民の祈りをいつくしみをもって聞き入れ、
世界に平和への道を示してください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月9日 年間第14主日A年 (マタ11,25-30)

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」マタ11,28-30

日常生活で疲れて、安らぎを捜し求めている人が非常に大勢いるようです。その現状を踏まえて、いろいろな気晴らしやストレス発散の方法を商売にする人が増えています。

疲れている人のうちには、キリスト者になれば、安らぎを得られると考えている人もいるのでしょうか。むしろ、キリスト者になるためには、難しい勉強をしなければならないと思う人や、キリスト者になってからいろいろな義務を果たさなければならないと思う人もいるので、余計に疲れるだけだと心配している人の方が多いのではないかというような気がします。

確かに、キリスト者として生きるのは、気楽なことではありません。なぜなら、キリスト者は、自分の望みや欲望のままに生きるのではなく、イエス・キリストの望みに従って生きようとしているからです。自分の望みをキリストの望みに合わせることは、時に難しく、時に苦しいことです。

イエスは、ただ一時的な気晴らしやストレス発散ではなく、私たちの精神的な疲れやストレス、また、他の苦しみの原因となっている問題を、完全に決定的に解決することのできる方なのです。実は、キリストの望みは、私たちの望みに逆らうのではなく、逆に、私たちの最も深い望みを示すものなので、私たちは、イエスの望みに従って生きることによって、心の最も深い望みを満たすことになるのです。私たちは心の最も深い望みを満たさない限り、本当の安らぎを味わうことはありません。

もし、私たちがイエス・キリストを心から愛するようになるならば、自分の利益になると思うようなもののためではなく、イエスに対する愛のために彼に従い、彼に学ぶことでしょう。そうするならば、その「軛」は本当に負いやすく、その「荷」は本当に軽いということを体験することができます。そして、イエスの約束通りに、私たちの心の飢えと渇きが満たされて、一時的ではなく永遠に続く安らぎを、必ず得られるのです。

聖なる父よ、
あなたは、倒れていた世界を、
キリストの死によって
新しいいのちに立ち直らせてくださいました。
信じる者を罪の束縛から解放し、
終わりのない喜びにあずからせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第13金曜日 (マタ9,9-13) 

「イエスはこれを聞いて言われた。『医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」とはどういう意味か、行って学びなさい。』」マタ9,12

ファリサイ派の人々のように、神が罪人を犯罪人として扱い、厳しい裁判官のように罪人に、定められた罰を与える方であると思う人々は大勢いるようですが、実際に神はイエスが教えてくださったように、罪人を病人として扱い、医者が患者を助けるように、罪を犯した人に必要な助けを与えようとしておられるのです。

罪を犯した人々が、イエス・キリストが現してくださった神のいつくしみ深い愛を知るようになって、安心して神のもとに近づき、罪から解放されて、平和と喜びと愛に満たされた人生を送ることができますように祈りましょう。

年間第13木曜日 (マタ9,1-8) 

「『人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。』そして、中風の人に、『起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい』と言われた。その人は起き上がり、家に帰って行った。」マタ9,6

   イエス・キリストは、多くの人々を父である神のもとに導いてくださったことによって、ご自分自身に罪をゆるす権威、つまり人間を神と和解させる力があるということを、示してくださいました。

キリストによって父である神と和解させていただいた私たちは、イエスと同じように、神と親しい、愛の交わりのうちに生きることによって、多くの人を神のもとに導くことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたのゆるしは限りなく、
そのあわれみはすべてに及びます。
あなたを探し求める人に恵みを注ぎ、
水遠の喜びを与えてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第13水曜日 (マタ8,28-34)

「イエスが、『行け』と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。」マタ8,32

   非常に大きな破壊力を持っている悪霊は、人間の最も恐ろしい敵でありますが、殆どの人はその存在さえも認めていないがゆえに、悪霊がもたらす危険性を全く無視している現在、悪霊は自由に働き、多くの悪事を行っているのです。

洗礼を受けた時に悪霊とそのわざを退けた私たちは、常にイエス・キリストと繋がっていて、イエスの働きを受け入れることによって、悪霊の罠に陥ることなく、その攻撃に対抗することができますように祈りましょう。

7月4日 年間第13火曜日 (マタ8,23-27)

「イエスは言われた。『なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。』そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。」マタ8,26

存在しているすべてのものは、神の言葉によって創造されていますので、「風や湖」が人間となられた御言葉であるイエス・キリストに従うことは、それほど驚くべきことではないでしょう。そんな力を持っておられるイエスに自分の人生をゆだねる人は、誰よりも安心して生きることができるはずです。けれどもイエス・キリストは、すべてのものに対して権威を持っていても、この権威を私たちが期待している通りや想像している通りに用いることがありませんので、私たちを襲ってくるものに対して、イエスが無力であるように見えることも、また無関心であるように見えることもあるでしょう。したがって、実際に安心して生きるために、イエスの力を信じるだけではなく、イエスの愛と知恵を信頼する必要もあるわけです。

私たちは、どんな状況においてもイエスに忠実に従って、安心してイエスと共に生きることができるために、イエスに対する信仰と信頼を深めていくことができますように祈りましょう。

 

7月3日 聖トマ使徒 (ヨハ20,24-29)

「イエスはトマスに言われた。『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。』」ヨハ20,29

イエスに道を教えていただくように願った(ヨハ14,5)トマス、命をかけて(ヨハ11,16)イエスに従おうとしたトマスにとって、イエスの復活は何よりも望ましいことですので、イエスが復活したという知らせは何よりも喜ばしいことであったはずです。恐らく、トマスが他の弟子たちの証しを受け入れなかったのは、復活の可能性を疑っていたからではなく、自分自身をごまかさないように、イエスの復活が確実なことであることを確かめたかったからではないかと思います。そして、イエスが本当に生きておられることを体験したトマスは、もう何の疑問もなしに、自分の命をイエスにささげたのです。

主イエスが復活したことを信じた私たちは、信仰の恵みを感謝しながら、生きておられるイエスと共に生き、イエスの働きを体験することによって、この信仰とイエスに対する私たちの愛が、一層深まりますように祈りましょう。