年間第20土曜日 (マタ23,1-12)

「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。」マタ23,2-3

律法学者やファリサイ派の人々は、神から与えられた力をただ自分の利益のためにだけ用いましたので、表面的には神に仕えるように見えても、実際には、彼らの心が神から遠く離れていたのです。

私たちは、イエスの教えと模範にしたがって、持っている力を自分の利益のためだけではなく、他の人を助けるためにも用いることによって、神との絆、また、他の人との絆がますます強められますように祈りましょう。

8月25日 年間第20金曜日 (マタ22,34-40)

「イエスは言われた。『「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが最も重要な第一の掟である。』」マタ22,37-28

もし、人間が「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして」神を愛することができたならば、恐らくこの瞬間に、神と一つになったのではないかと思います。それこそ人生の目的であって、イエス・キリストがこの目的を目指して、ご自分の言葉と人生の模範によって、私たちを導いてくださるわけです。

私たちは、イエス・キリストに従うことによって、父である神との交わりを深め、神との絆を固めることができますように。そして、イエスのように生きることによって、多くの人々に神の愛を伝えることができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

8月24日 聖バルトロマイ使徒 (ヨハ1,45-51)

「ナタナエルが、『どうしてわたしを知っておられるのですか』と言うと、イエスは答えて、『わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た』と言われた。ナタナエルは答えた。『ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。』」ヨハ1,48-49

神の言葉は、受肉なさる前にイスラエルの歴史の中に既に存在し、働いておられたように、誰かがキリストと意識的に出会う前に、言ってみれば、キリストがこの人の人生において受肉なさる前に、この人が生き始めた瞬間からキリストは共にいてくださり、その人生の中で働いておられるのです。

ナタナエルが、神の言葉に耳を傾けることによってメシアを迎える準備をし、イエスと出会ったときに、イエスをメシアとして認め、イエスに従ったように、すべての人々は、正しいこと、善、真理、愛を探し求めることによって、イエス・キリストとの出会いのために準備し、イエス・キリストを神の子として、また救い主として認め、受け入れることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
使徒バルトロマイの殉教を記念するわたしたちに、
まことを尽くして御子キリストに従う信仰をお与えください。
使徒の祈りと模範に励まされて、教会が、
すべての人の救いの秘跡となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第20水曜日 (マタ20,1-16)

「自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」マタ20,14-15

人間が神の働きに協力するのは、何かの報いをいただくためではなく、神の気前のよさ、神の愛を体験することによって、神の愛を受け入れ、自分の心を神の心のようにしていただくためなのです。最終的に私たちは、神のように愛に満たされた心を持つようになってはじめて、神と心を一つにすることができる、つまり永遠の命にあずかることができるのです。

私たちは、父である神の完全な現れであるイエス・キリストと共に生き、共に働くことによって、少しずつイエスのように考え、イエスのように話し、イエスのように生きるようになることを願って祈りましょう。

天地を治められる神よ、
あなたは聖母マリアを、
天の元后、わたしたちの母としてくださいました。
聖母の取り次ぎに支えられて、
天の国の栄光にともにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
恵み豊かな神よ、
あなたを仰ぎ見る民の、心からの願いを顧みてください。
わたしたちが何をなすべきかを知り、
果たすべき使命を全うすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第20火曜日 (マタ19,23-30)

「イエスは弟子たちに言われた。『はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。』弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、『それでは、だれが救われるのだろうか』と言った。イエスは彼らを見つめて、『それは人間にできることではないが、神は何でもできる』と言われた。」マタ19,23-26

救いは、人間の努力の結果ではなく、神が無償で下さる賜物ですので、それを手に入れるために必要なのは、ただそれを神の手からいただくことだけなのです。それは、自分が子どものように無力で、生きるために他の人に頼らなければならないと考えている人にとって、良い知らせでしょうが、財産をはじめ、いろいろな才能、学歴や権力などのような力を持っていて、それに頼って生きている人にとっては、大きな問題になる恐れがあります。なぜなら、自分が努力すれば、欲しいものを何でも手に入れることができるので、他者の憐みを要らないと思う意味で傲慢になっている人にとって、無償の救いを受け入れることは、非常に難しいことになり得るからです。

私たちは、多くのものを勝ち取る力があっても、自分の努力だけでは救いを得ることができないという事実を素直に認めて、この救いをいつくしみ深い父である神の手から、無償の恵みとして受け入れることができますように。そして、与えられたあらゆる力と救いの恵みを他の人と分かち合うことによって、感謝の念を表すことができますように祈りましょう。

信じる者の力である神よ、
まことの信仰を擁護し、
すべてをキリストのうちに集めるために、
あなたは 聖ピオ十世に、信仰の英知と、
使徒ととしての勇気を豊かにお与えになりました。
わたしたちが聖人の教えと模範に従い、
永遠の報いを受けることができますように。
全能永遠の、神である父よ、
わたしたちの行いが、
いつもみ旨にかなうよう導いてください。
御子キリストのうちにあって、
豊かな実りを結ぶことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第20月曜日 (マタ19,16-22)

「イエスは言われた。『もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』」マタ19,21

存在しているあらゆるものは、父である神が創造してくださったものですので、私たちの持ち物は決して悪いものではありません。問題なのは、私たちがこのものを与え主の意向に逆らうやり方で用いること、特に、神よりもそれに頼って、それに執着することなのです。

私たちは、持っているものを父である神の意向に従って用いることによって、この賜物がすべての良い物の与え主の望み通りの実りを生み出し、私たちも周りにいる多くの人々も、この実りによって養われ、永遠の命に向かって歩むことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは聖ベルナルドを選び、
あなたの家を思う熱意で満たし、
教会の輝く光としてくださいました。
聖人の模範に支えられて、
わたしたちも同じ熱意に燃え、
光の子として歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第19土曜日 (マタ19,13-15)

「イエスは言われた。『子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。』」マタ19,14

地上の両親は、自分の子どものために時間がないことがあれば、いろいろな口実を設けて、自分の子どもを相手にしないことや子どもの話さえも聞いてあげないこともありますが、イエス・キリストが子どもに対するご自分の態度によって示してくださったとおりに、天の父は、ご自分の子どものためにいつも時間がありますし、ご自分の子どもをいつでも受け入れて、祝福してくださるのです。

私たちはイエスの教えと、神の子としてのイエスの模範に励まされて、いつも安心して父である神に近づき、心を開いて神の祝福を受け、どんな状況においても、父である神との親しい交わりのうちに生きることができますように祈りましょう。

8月20日 年間第20主日A年 (マタ15,21-28)

「そこで、イエスはお答えになった。『婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。』そのとき、娘の病気はいやされた。」マタ15,28

イエスの当時のユダヤ人たちは、異邦人たちがけがれた者で、神に近づくのに相応しくないし、祝福や恵みを願う権利もないと思っていました。けれども、考えてみれば実際に、完全に清い、つまり罪のない者で、神に近づくのに相応しくて、神から祝福や恵みを頂く権利のある人は、ユダヤ人を含めて誰一人としていないのです。

「婦人よ」と呼ばれた「カナンの女」は、自分の身分をはっきりと意識していたようです。なぜなら、彼女の立場をはっきりと表すイエスの言葉を侮辱として受け入れずに、何の権利もない人間として、ただイエスのいつくしみだけを頼りにして、愛する娘のために、謙虚にしかも忍耐強く、イエスの助けを願い続けたからです。

私たちは、命と愛の源であると同時に、永遠に続く最高の幸福の源である神に近づきたいならば、この女性と同じように、無限で絶対的な存在である神、宇宙万物の創造主であり、全世界の支配者である神の前での自分の身分、つまり、有限な存在で、被造物であること、自分がどれだけ小さくて、どれだけいやしいものであるかということを、はっきりと意識する必要があります。と同時に、神は、神と比較すれば無に等しい存在である私たちを、ご自分の子どもにしてくださったほどに、私たちを愛してくださる父であるということを忘れてはならないのです。

私たちは、畏れながらも大胆に、安心して、天におられる私たちの父である神に近づくことができますように。そして、いつも神との親しい交わりと神の祝福のうちに生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたを深く愛する心をお与えください。
すべてにおいてあなたを愛し、
人の思いをはるかに越えたしあわせに
あずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第19金曜日 (マタ19,3-12)

「イエスは言われた。『あなたたちの心が頑固なので、モーセは妻を離縁することを許したのであって、初めからそうだったわけではない。』」マタ19,8

創造主である神は、誰よりも人間のこと、例えば人間の心の状態とか、人間の力と弱さ、また、人間にとって最も必要なものは何であるか、人間にとっての最善とは何であるかということを知っておられますし、人間の幸福を求めておられますので、神の言葉は、一人ひとりのために最高の幸福への最も相応しい道を示すものであるのです。

モーセが示したような、より楽な道を示す人ではなく、私たちを愛しておられる父である神を信頼して、神が示してくださる道はどんなに難しそうで、選ぶのは無理に見えても、この道を選び、神の助けによって支えられながら、この道を歩むことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第19木曜日 (マタ18,21-19,1)

「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。」マタ18,33

父である神に罪をゆるしていただくとは、神との親しい交わりに受け入れられて、神と和解し、再び神との正しい関係に生きるようになるということですので、私たちは、神のゆるしを本当に受けたかどうかということを、他の人に対する、特に自分に対して悪いことをした人に対する、自分の態度を見ることによって確認することができるのです。

私たちは、罪を犯すことがあっても、いつも心を開き、神のゆるしを受けることによって、常に神との正しい関係に生き、他の人をゆるすことをはじめ、愛の実践を行うことができますように祈りましょう。