7月6日 年間第13木曜日 (マタ9,1-8) 

「『人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。』そして、中風の人に、『起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい』と言われた。その人は起き上がり、家に帰って行った。」マタ9,6

   イエス・キリストは、多くの人々を父である神のもとに導いてくださったことによって、ご自分自身に罪をゆるす権威、つまり人間を神と和解させる力があるということを、示してくださいました。

キリストによって父である神と和解させていただいた私たちは、イエスと同じように、神と親しい、愛の交わりのうちに生きることによって、多くの人を神のもとに導くことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたのゆるしは限りなく、
そのあわれみはすべてに及びます。
あなたを探し求める人に恵みを注ぎ、
水遠の喜びを与えてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月5日 年間第13水曜日 (マタ8,28-34)

「イエスが、『行け』と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ。」マタ8,32

   非常に大きな破壊力を持っている悪霊は、人間の最も恐ろしい敵でありますが、殆どの人はその存在さえも認めていないがゆえに、悪霊がもたらす危険性を全く無視している現在、悪霊は自由に働き、多くの悪事を行っているのです。

洗礼を受けた時に悪霊とそのわざを退けた私たちは、常にイエス・キリストと繋がっていて、イエスの働きを受け入れることによって、悪霊の罠に陥ることなく、その攻撃に対抗することができますように祈りましょう。

7月4日 年間第13火曜日 (マタ8,23-27)

「イエスは言われた。『なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。』そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。」マタ8,26

存在しているすべてのものは、神の言葉によって創造されていますので、「風や湖」が人間となられた御言葉であるイエス・キリストに従うことは、それほど驚くべきことではないでしょう。そんな力を持っておられるイエスに自分の人生をゆだねる人は、誰よりも安心して生きることができるはずです。けれどもイエス・キリストは、すべてのものに対して権威を持っていても、この権威を私たちが期待している通りや想像している通りに用いることがありませんので、私たちを襲ってくるものに対して、イエスが無力であるように見えることも、また無関心であるように見えることもあるでしょう。したがって、実際に安心して生きるために、イエスの力を信じるだけではなく、イエスの愛と知恵を信頼する必要もあるわけです。

私たちは、どんな状況においてもイエスに忠実に従って、安心してイエスと共に生きることができるために、イエスに対する信仰と信頼を深めていくことができますように祈りましょう。

 

7月3日 聖トマス使徒 (ヨハ20,24-29)

「イエスはトマスに言われた。『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。』」ヨハ20,29

イエスに道を教えていただくように願った(ヨハ14,5)トマス、命をかけて(ヨハ11,16)イエスに従おうとしたトマスにとって、イエスの復活は何よりも望ましいことですので、イエスが復活したという知らせは何よりも喜ばしいことであったはずです。恐らく、トマスが他の弟子たちの証しを受け入れなかったのは、復活の可能性を疑っていたからではなく、自分自身をごまかさないように、イエスの復活が確実なことであることを確かめたかったからではないかと思います。そして、イエスが本当に生きておられることを体験したトマスは、もう何の疑問もなしに、自分の命をイエスにささげたのです。

主イエスが復活したことを信じた私たちは、信仰の恵みを感謝しながら、生きておられるイエスと共に生き、イエスの働きを体験することによって、この信仰とイエスに対する私たちの愛が、一層深まりますように祈りましょう。

 

7月1日 年間第12土曜日 (マタ8,5-17)

「夕方になると、人々は悪霊に取りつかれた者を大勢連れて来た。イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『彼はわたしたちの患いを負い、/わたしたちの病を担った。』」マタ8,16-17

   イエスが一言だけ語ることによって、人の病気を癒してくださったところを見ると、イエスにとって人を癒すことは、非常に簡単なことであったように見えるでしょう。しかし、人々を癒すことが、イエスにとってどれほど大変なことであったか、人を癒すためにイエスはどれほど大きな「代価を支払った」かということが分かるためには、イエスの受難とイエスの十字架上の死を見る必要があるのです。

イエスがご自分の受難と死によってもたらした、救いの恵みを無駄にしないために、私たちは百人隊長のようにイエスの愛と権威を認め、心を開いて、体、心と魂の癒しの恵みを受け入れることができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
わたしたちの信仰、希望、愛を強めてください。
すべてに越えてあなたを愛し、
約束された永遠のいのちを受けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月2日 年間第13主日A年 (マタ10,37-42)

「自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」マタ10,37–42

イエス・キリストはすべての人の救いのために、すなわち、すべての人々が父である神の愛の招きに応じて、神の愛を受け、神に自分の愛をささげることによって、神と結ばれ、永遠に神との愛の交わりに生き、神の至福にあずかるために十字架を担って、十字架上でご自分の命をささげてくださいました。このような死を含めてイエス・キリストの人生全体を見ると、愛するとは、自分の命を含めて自分のすべてを、他の人の真の善と真の幸福のためにささげることであるということが分かると思います。

自分の十字架を担ってイエスに従うとは、イエスと同じように、どんな状況においても愛に生きること、つまり、順境においてだけではなく、逆境においても、愛に喜びが伴うときだけではなく、愛に悲しみや苦しみが伴うときにも愛に忠実に生き、自分の身内や自分のことを愛して、自分のために善を行う人のためにだけではなく、他人や自分を憎んで、悪を行う人のためにも、できる限りの善を行い続けることなのです。キリストの弟子は、このように生きるときだけ、愛において成長し、完成されて、イエスご自身と同じような人間となり、イエスの弟子としての目的に辿り着くことができる、つまり、父である神と一つになることができるという意味で、「イエスにふさわしい」人なのです。

このような生き方は非現実的なものや、非常識的なものに見えても、宇宙万物の創造主の御ひとり子として人間のことを誰よりもよく知っておられると同時に、人間を誰よりも強く愛しておられるイエス・キリストが、それを私たちに求めておられるならば、人間にとって可能な生き方であるだけではなく、最高の生き方でもあるという確信を持つことができるのです。

ますます多くの人々が、イエスを信頼して、イエスの呼びかけに応え、イエスのように生きることによって父である神の愛の招きを受け、神ご自身と神の招きを受けた他の多くの人々とともに、この世においても、死を超えても、完全な愛の交わりのうちに永遠に生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、
光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

6月30日 年間第12金曜日 (マタ8,1-4)

「一人の重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、『主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と言った。」マタ8,2

重い皮膚病の患者が認めた通りに、イエスには、私たちを清くする力、つまり、私たちを罪の支配下から解放し、神と和解させ、神との愛の交わりに導く力があるのです。

ますます多くの人々が、心を開いて、イエスがご自分の受難と死によって成し遂げてくださった救いの恵みを受け入れ、父である神との正しい関係に入り、イエスの導きに従うことによって、神との愛の交わりを深めて行くことができますように祈りましょう。

6月29日 聖ペトロ 聖パウロ使徒 (マタ16,13-19)

「シモン・ペトロが、『あなたはメシア、生ける神の子です』と答えた。すると、イエスはお答えになった。『シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。』」マタ16,16-18

今日、私たちは全世界に広まっている教会と共に、教会の礎となった聖ペトロと聖パウロの祭日を祝う中で、聖ペトロは、自分の期待や感情に振り回されたり、自分を守るためにイエスとの関係を否定したりした人で、一方、聖パウロは、初代教会を迫害することによって、イエス自身を迫害した人であったということを思い起こせば、キリストの愛の偉大さと、人の心を変えるキリストの愛の力強さを、実感できるのではないかと思います。

キリストの愛を頼りにして、私たちは聖ペトロと聖パウロのように、力を尽くしてイエスに従うことによって、いろいろな束縛から解放されて、キリストの愛に満たされ、与えられた使命を果たすことができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
使徒ペトロとパウロの殉教をたたえて祈ります。
教会が、信仰の礎となった使徒の教えを受け継ぎ、
その真理を世界にあかしすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

6月28日 年間第12水曜日 (マタ7,15-20)

「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。」マタ7,15-16

   預言者は、未来を予想する人ではなく、人間の生き方を正すように、また、創造主である神が定めた道を示すように、神から預かった言葉を宣べ伝える人なのです。形が違っても、昔と同じように現在も、偽預言者、つまり、人間を真の幸福へと導く本当に正しい道を示す神の言葉ではなく、自分の利益のみを求めて、自分自身の言葉、多くの人に受け入れられやすい言葉、甘い言葉を述べる人が非常に大勢いますので、昔と同じように警戒する必要があるのです。

私たちは、神の言葉そのものであるイエスとの交わりを深めることによって、偽預言者に騙されることなく、いつも正しい道を歩むことによって、多くの人のために、真の幸福に導く道を示す道しるべになることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

6月27日 年間第12火曜日 (マタ7,6.12-14)

「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」マタ7,12

   他の人に対して悪を行わないことは、良いことですが、そのためには愛は必要ありません。相手のことに関して無関心であっても、自分が相手に悪いことをしなければ、相手から悪いことをされないだろうというような考え方だけで十分でしょう。けれども、イエスによれば、人間らしく生きるためには、それは十分ではありません。必要なのは、自ら進んで人のために善を行うこと、つまり愛に生きることなのです。

私たちは、イエスに倣って、何の計算もせずに、お返しすることのできない人のためにも、私たちに悪を行う人のためにも、善を行い、真の愛を広めることができますように祈りましょう。