年間第24主日B年 (マコ8,27-35)

「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」マコ8,35-36

イエス・キリストを知ることは、イエスについて何らかの情報を持つことではなく、愛と信仰によってイエスと結ばれることなのです。私たちは、この意味でイエスを知るならば、父である神を知るようになる、つまり、父である神と繋がって、神の愛と命に参与するようになりますし、キリストと同じ姿に変えられ、神の心に適う神の子になるのです。これこそ永遠の命、永遠に続く人間の最高の幸福の状態なのです。

以上の意味でイエスを知るために、一回きりの決断やちょっとした努力だけでは足りません。イエスを本当に知るようになること、最終的にイエスと一体になることは、一生かかる過程の結果なのです。この過程は、ペトロの人生において見られます。

ペトロは、イエスに従うことによって、割合と簡単に自分の外面的な生き方を変えたのですが、内面的に変わるためには、何年も必要でした。ペトロは、イエスに従い続ける中で、イエスのことを、またイエスの教えをより深く理解することによっても、失敗したり、過ちを犯したりすることによっても、少しずつ、イエスについての自分の考え方、また、イエスに対して持っていた期待が変わりましたし、自分についての考え方や物事の理解の仕方も変わり、神との関係だけではなく、自分自身や他の人々との関係、また、いろいろな物事との関係も全く変わったのです。結果的にペトロは、イエスに従うことによって、古い人生を完全に失い、新しい人生を与えられたと言えるわけです。

私たちも、ペトロと同じように、イエス・キリストを信頼して、開かれた心を持ってイエスに従い、間違った考え方や間違った生き方を手放し、創造主である神の心に適う考え方と生き方を身に付けることによって、人間として、また、神の子として完成されますように祈りましょう。

天地万物を造り、治められる全能の神よ、
あなたの民を顧みてください。
わたしたちが救いの力を知り、
心を尽くしてあなたに仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。