年間第15主日B年 (マコ6,7-13)

「神は、私たちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、神は私たちを愛して、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。」エフェ1,3-5

聖パウロの言葉は、すべての人々に対する創造主である神の望み、一人ひとりのための神の計画について語っています。それによると、偶然に生まれた人は一人もいなくて、皆が神によって望まれて生まれましたし、生まれる前から神に愛されているのです。神は、一人ひとりをご自分の愛と命で満たし、ご自分の子にして、永遠に切れることのない絆によって、ご自分の子たちと結ばれていたいと望んでおられます。この望みを実現するために神は、私たちに必要な祝福、必要な恵みと力を、常に与えておられるのです。

聖パウロの言葉は、すべての人々の偉大さ、一人ひとりの尊厳を表しています。この言葉が真実であることを信じて、自分自身の尊さ、また他の人の尊さを知った人は、必ず自分自身に対する態度も他の人に対する態度も変わるに違いないと思います。すべての人々がこのように変わったならば、世界そのものはどれほど変えられるのでしょうか。

考えてみれば、多くの場合、人間関係の問題、いろいろな不正や犯罪、また罪の原因とは、人間の悪意ではなく、人々が自分自身の価値、自分の尊さを知らないということなのです。というのは、自分の価値を知らない人は、自分自身を尊敬しないし、自分をありのまま受け入れはしない、つまり自分を愛していないのです。この人が、もし、何らかの悪を行うならば、それは、他の人に尊敬されるために、また愛されるために、自分自身に足りないと思うような善を得るためなのです。つまり、他の人の尊敬や愛にもっと相応しくなるためなのです。ときに、このような善を得るのは不可能であると思うようになると、絶望に陥って、妬みや怒りに支配されて、さらに極端な悪を行うこともあるでしょう。

もし、この人が自分の価値と自分の尊さを知ったならば、さらには、もうすでに尊敬されているし、愛されているということを実感したならば、他人の期待によって振り回されたり、他人と競争したり争ったりすることなく、与えられている愛と命を自ら進んで他の人に伝えるようになる、つまり他の人を愛するようになるのです。

イエス・キリストによって自分自身の価値と尊さを知り、神の愛と命を受けて神の子になった私たちは、この身分に相応しく生きることによって、自分自身の価値や尊厳をまだ知らない人々に、価値と尊厳を知らせることができますように祈りましょう。

すべてを照らしてくださる神よ、
あなたは、暗やみにさまよう人たちがまことの道に立ち帰るように、
真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が、
信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。