年間第6月曜日 (マコ8,11-13)

「ファリサイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを求め、議論をしかけた。」マコ8,11

ファリサイ派の人たちと同じように、自分の正しさを信じて、自分の人生において何も変える必要などないと思っている人たちは、どんな体験をしても、どんなしるしを見ても何も学ばないし、自分たちの生き方や考え方を疑うよりも、体験そのもの、また、しるしそのものを疑って、自分の生き方や考え方を正すチャンスを無駄にしてしまうのです。

私たちは、自分の限界や自分の勘違いや自分の罪を認めることができますように。そして心を開いて、いろいろな出来事や体験において神の働きと神の導きを見出して、それに相応しく応じることによって、人間として成長していきますように祈りましょう。