年間第7土曜日 (マコ10,13-16)

「イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。」マコ10,13

イエスが弟子たちに、子どもを受け入れるように命令したにも関わらず、弟子たちは、イエスに近づこうとした子どもたちを止めようとしました。おそらく弟子たちは、イエスが忙しいからとか、疲れているからとか、子どもよりも大事な人たちがイエスと話をしたいからなどと思って、このようにしたのでしょうが、実際にはイエスの教えに逆らう結果を招いていただけだったのです。

私たちは、イエスの教えを実行しないためにいろいろな言い訳や弁解を考えることができても、このような考えを抱くのではなく、むしろイエスを信頼して、イエスの教えに従うことができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
あなたを信じて従う者を、聖徳の輝きで高めてください。
きょう記念する聖フィリポーネリの心を燃やした同じ聖霊の火が、
わたしたちの中に燃え上がりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イェスーキリストによって。アーメン。

 

三位一体の主日B年 (マタ28,16-20)

「(イエスは、弟子たちに言われた)『わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」マタ28,20

誰かに「わたしはいつも、あなたと一緒にいる」と言われたら、どう思いますか。どんな気持ちになりますか。それは、きっと誰に言われるかによって異なるでしょう。自分の生活と何の関係もない人、つまりいてもいなくても何も変わらないような人でしたら、あまり気にしないでしょう。嫌いな人、それとも自分が怖がるような人でしたら、悲しくなって、気を落とすでしょう。でも、本当に好きな人、憧れの人や非常に尊敬している人、また、誰よりも力と助けになるような人でしたら、嬉しくなって、安心して、心が強くなるでしょう。

「わたしはいつも、あなたがたと一緒にいる」とイエスに言われた使徒たちは、非常に嬉しくなったし、心が強くなったに違いないと思います。なぜなら、彼らが、イエスと出会ってから、三年以上イエスに従って、イエスの素晴らしさ、イエスの愛やイエスの力などをよく知るようになったからです。ご自分の命をささげたほど自分たちを愛してくださり、復活によって死に打ち勝ったイエスこそ、誰よりもありがたい存在であって、本当の救い、本当の幸福を与えてくださる方であることを知った弟子たちは、いつまでもイエスと共にいたいと望むようになっただけではなく、イエスのことをすべての人に知らせたいとも望むようになったのです。この望みこそ、彼らにとってイエスがどれほど大切な方であったか、彼らがイエスをどれほど愛していたかということをよく表しているわけです。

あなた自身がイエス・キリストに、「わたしはいつも、あなたと一緒にいる」と言われたら、どう思いますか。どんな気持ちになりますか。この考えや気持ちは、自分自身とイエスとの関係について何を表しているのでしょうか。

ますます多くの人々がイエス・キリストを知るようになり、イエスと愛の絆で結ばれることにより、完全な愛によって一体となっている父と子と聖霊の命にあずかり、その愛の交わりのうちに永遠に生きることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは、みことばと聖霊を世に遣わし、
神のいのちの神秘を示してくださいました。
唯一の神を礼拝するわたしたちが、
三位の栄光をたたえることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イェスーキリストによって。アーメン。

 

年間第7金曜日 (マコ10,1-12)

「イエスは言われた。『あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。』」マコ10,5-6

昔と同じように現在でも、権威のある人々は、自分たちの弱さや欲望に合わせて、創造主である神の定めに逆らう法律を作成することによって、多くの人々を惑わしているのです。

ますます多くの人々が、罪は、つまり創造主である神の導きに逆らう行いは、たとえ法律によって許されていても、人に害を与えるものであることを理解し、正しい生き方、真の幸福に導く道に戻ることができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7木曜日 (マコ9,41-50)

「もし片方の手があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい。両手がそろったまま地獄の消えない火の中に落ちるよりは、片手になっても命にあずかる方がよい。」マコ9,43

いろいろな執着や他の依存関係をなくすことは、場合によって、手足を切断するよりも難しいし、時間がかかることです。けれども、それはいくら難しいことであっても、どうしてもしなければならないのです。なぜなら、自由になった人だけが、愛することができるがゆえに、人間らしく生きて、永遠の命にあずかることができるからです。

ますます多くの人々が、イエス・キリストの無条件の愛に励まされ、勇気を出して、自分の人生において愛に生きることを妨げている問題を、見出すことができるように祈りながら、イエスの愛の力によってその問題を解決し、ますます力強く愛に生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の、神である父よ、
わたしたちの行いが、
いつもみ旨にかなうよう導いてください。
御子キリストのうちにあって、
豊かな実りを結ぶことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7水曜日 (マコ9,38-40)

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」マコ9,40

ただ、お金を儲けるためにだけ、キリスト教の教会堂を模した建物を建てたり、キリスト教の儀式をまねて挙式を行ったりする結婚式場を見ると、イエスに従わずに、イエスの名によって悪霊を追い出している人を見て、腹を立ててやめさせようとしたヨハネの気持ちがよく分かる気がします。けれども、もしかして、現在の日本の現状においては、このようなウエディングを商売にしている人々のことさえも、味方として見なければならないのかもしれません。

イエス・キリストの名が、あらゆる方法によって日本中に知れ渡って、イエスのもとに集い、イエスと共に働き、イエスと共に神の民を集める人が、この日本にますます増えますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7火曜日 (マコ9,30-37)

「イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。『いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。』」マコ9,35

殆どの人々は、自分の欲求や欲望を満たすことによって、幸せになれると思っているようです。この場合は、自分の欲求や欲望を満たすために必要な力の源になる、権力や富や学歴などが評価されるし、それを持っている人は皆から「偉い」と思われて、それを持っていない人々の妬みの対象になることもあるでしょう。

創造主である神の命に参与することこそ、人間にとって最高の幸福の状態であるというイエス・キリストの教えを信じて、イエスと同じように自分より弱い人々を助けたり、他の人々に奉仕したりすることによって愛を実践し、愛である神との交わりを深めることができますように祈りましょう。

わたしたちの神である父よ、
心を尽くしてあなたに仕え、
すべての人を愛する恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7月曜日 (マコ9,14-29)

「イエスは言われた。『「できれば」と言うか。信じる者には何でもできる。』その子の父親はすぐに叫んだ。『信じます。信仰のないわたしをお助けください。』」マコ9,23-24

悪霊に取りつかれた子どもの父親は、イエスの弟子たちに助けてもらえなかったので、イエスご自身の力をも疑うようになりました。けれども、疑いながらもイエスに頼んでみた結果、息子を助けていただいたと同時に、自分の信仰をも強めていただいたのです。

私たちは、想定外の体験をしたり、祈りが聞き入れられなかったと思ったりするがゆえに、私たちの信仰が揺れてしまうようなことがあっても、イエスのもとに留まり続けることができますように祈りながら、私たちの期待と想像をはるかに超えるイエスの力を体験することによって、私たちの信仰とイエスに対する信頼が強められますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第7週

20日(日) 聖霊降臨の主日(祭)

21日(月) 年間第7月曜日

(聖クリストバル・マガヤネス司祭と同志殉教者)

22日(火) 年間第7火曜日

(聖リタ -カシャ- 修道女 )

23日(水) 年間第7水曜日

24日(木) 年間第7木曜日

25日(金) 年間第7金曜日

(聖ベダ司教教会博士)

(聖グレゴリオ7世教皇)

26日(土) 聖フィリポ・ネリ司祭(記)

聖霊降臨の主日B年 (ヨハ15,26-27;16,12-15)

「その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。」ヨハ16,13-14

聖霊降臨の祭日は、イエス・キリストが遣わしてくださった聖霊が、使徒たちと彼らと一緒にいた他の弟子たちの上に降ったことの記念であるだけではなく、キリストの体である教会の誕生の記念でもあります。なぜなら、神が土から人間を形づくって、その内にご自分の息吹を吹き込んでから、人間が生きた者になったように、イエス・キリストが集めた教会に、神の霊である聖霊が「吹き込まれた」ときから、教会は生きた者、キリストの生きた体になったのです。

教会は、イエス・キストの生きた体ですので、生きた聖霊によって生かされ、また、聖霊によって導かれる教会の働きは、イエス・キリストご自身の働きです。したがって、イエス・キリストは今も、教会を通してご自分の救いの働きを続けておられるのです。実は、イエス・キリストが昇天された後にも、救いの働きを続けるためにこそ、教会を創ってくださったので、救い主の働きを続けることが、教会が創られた意義であり、教会の存在の意義なのです。

洗礼を受けるときに、私たちも聖霊を受け、神の命にあずかり、神の子どもになったと同時に、キリストの生きた体である教会の一部となりました。ですから今、教会の使命が、私たちの使命であり、教会の存在の意義が、私たちの存在の意義なのです。

私たち一人ひとりが聖霊に生かされ、聖霊の導きに従って生きることによって、三位一体の神との愛の交わりを深めながら、与えられた使命を果たし、できるだけ多くの人々を父である神のもとに導くことができますように祈りましょう。

すべての人の父である神よ、
きょう祝う聖霊降臨の神秘によって、
あなたは諸国の民を一つの聖なる教会に集めてくださいます。
聖霊を世界にあまねく注いでください。
教会の誕生に当たって行われた宣教の働きが、
今も信じる民を通して続けられ、
豊かな実りをもたらしますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。