年間第8金曜日 (マコ11,11-25)

「そして、人々に教えて言われた。『こう書いてあるではないか。「わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである。」/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった。』」マコ11,17

人間は、宇宙万物の創造主である神との愛の交わりに生きるために創造された存在であるという意味で、「祈りの家」になるように、つまり「神が臨在される神殿」になるように招かれているのです。神との関係を無視して自分の利益だけを求め、この世の富だけで豊かになろうとしている人々は、「祈りの家」になる代わりに、「強盗の巣」、または、実のない葉の茂ったいちじくの木のようなものになっているのです。

神と人間との間の唯一の仲介者であるイエス・キリストとの関係を深めることによって、父である神とのますます親しい交わりのうちに生きることができますように。そして、このような人生が結ぶ実によって私たちが豊かになると同時に、多くの人々が生かされますように祈りましょう。

 

年間第8水曜日 (マコ10,32-45)

「あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」マコ10,43-45

キリストの栄光にあずかりたい、また、神の国で偉くなりたいという望みは、非常に善いものですが、それを実現するために、この世の権力者のように、他人に仕えてもらったり他の人を利用したりするのではなく、イエスのように他の人に奉仕したり、他の人を生かすために犠牲をはらったりする必要があるということを、忘れてはいけないのです。

私たちはイエスに従い、イエスに倣って生きることによって、神の国の市民として、また、神ご自身の子どもとして成長し、完成されますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第8火曜日 (マコ10,28-31)

「イエスは言われた。『はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。』」マコ10,29-30

信仰と愛によってイエス・キリストと結ばれた人が、特別扱いをされることはありません。すなわち、この人も他の人々と同じように、苦しい目に遭うことがあるということです。けれども、この人は、キリストをとおして最高の喜びと幸福の源である神と、キリストを信じた他の人々と永遠の絆によって、つまり、あらゆる苦しみよりも、また、死よりも強い絆によって結ばれていますので、この苦しみを恐れる必要は全然ないのです。

ますます多くの人々が、信仰と愛によってイエス・キリストと結ばれますように。そして、キリストと共に生き、キリストに忠実に従うことによって、どんな状況においても、神しか与えることのできない喜びと平和を味わいながら、安心して神の国に向かって歩むことができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
あなたを仰ぎ見る民の、心からの願いを顧みてください。
わたしたちが何をなすべきかを知り、
果たすべき使命を全うすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第8月曜日 (マコ10,17-27)

「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。『あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』」マコ10,21

父である神が私たちに与えてくださった掟や指示に従う目的とは、私たちの従順のために何らかの報いを受けることではなく、自分の時間や力を、他の人々のためにささげ尽くすことによって愛において成長し、自分の人生を神のための愛のささげものにすることです。

私たちは、イエスと同じように自分のすべてを父である神にささげることによって、神の国に入ること、つまり、もうすでにイエス・キリストにおいて、ご自分自身を私たちに与えてくださった父である神と、一つになることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは倒れていた世界を、
キリストの死によって、
新しいいのちに立ち上がらせてくださいました。
信じる者を罪の束縛から解放し、
終わりのない喜びを味わわせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7土曜日 (マコ10,13-16)

「イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。」マコ10,13

イエスが弟子たちに、子どもを受け入れるように命令したにも関わらず、弟子たちは、イエスに近づこうとした子どもたちを止めようとしました。おそらく弟子たちは、イエスが忙しいからとか、疲れているからとか、子どもよりも大事な人たちがイエスと話をしたいからなどと思って、このようにしたのでしょうが、実際にはイエスの教えに逆らう結果を招いていただけだったのです。

私たちは、イエスの教えを実行しないためにいろいろな言い訳や弁解を考えることができても、このような考えを抱くのではなく、むしろイエスを信頼して、イエスの教えに従うことができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
あなたを信じて従う者を、聖徳の輝きで高めてください。
きょう記念する聖フィリポーネリの心を燃やした同じ聖霊の火が、
わたしたちの中に燃え上がりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イェスーキリストによって。アーメン。

 

三位一体の主日B年 (マタ28,16-20)

「(イエスは、弟子たちに言われた)『わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」マタ28,20

誰かに「わたしはいつも、あなたと一緒にいる」と言われたら、どう思いますか。どんな気持ちになりますか。それは、きっと誰に言われるかによって異なるでしょう。自分の生活と何の関係もない人、つまりいてもいなくても何も変わらないような人でしたら、あまり気にしないでしょう。嫌いな人、それとも自分が怖がるような人でしたら、悲しくなって、気を落とすでしょう。でも、本当に好きな人、憧れの人や非常に尊敬している人、また、誰よりも力と助けになるような人でしたら、嬉しくなって、安心して、心が強くなるでしょう。

「わたしはいつも、あなたがたと一緒にいる」とイエスに言われた使徒たちは、非常に嬉しくなったし、心が強くなったに違いないと思います。なぜなら、彼らが、イエスと出会ってから、三年以上イエスに従って、イエスの素晴らしさ、イエスの愛やイエスの力などをよく知るようになったからです。ご自分の命をささげたほど自分たちを愛してくださり、復活によって死に打ち勝ったイエスこそ、誰よりもありがたい存在であって、本当の救い、本当の幸福を与えてくださる方であることを知った弟子たちは、いつまでもイエスと共にいたいと望むようになっただけではなく、イエスのことをすべての人に知らせたいとも望むようになったのです。この望みこそ、彼らにとってイエスがどれほど大切な方であったか、彼らがイエスをどれほど愛していたかということをよく表しているわけです。

あなた自身がイエス・キリストに、「わたしはいつも、あなたと一緒にいる」と言われたら、どう思いますか。どんな気持ちになりますか。この考えや気持ちは、自分自身とイエスとの関係について何を表しているのでしょうか。

ますます多くの人々がイエス・キリストを知るようになり、イエスと愛の絆で結ばれることにより、完全な愛によって一体となっている父と子と聖霊の命にあずかり、その愛の交わりのうちに永遠に生きることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは、みことばと聖霊を世に遣わし、
神のいのちの神秘を示してくださいました。
唯一の神を礼拝するわたしたちが、
三位の栄光をたたえることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イェスーキリストによって。アーメン。

 

年間第7金曜日 (マコ10,1-12)

「イエスは言われた。『あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。』」マコ10,5-6

昔と同じように現在でも、権威のある人々は、自分たちの弱さや欲望に合わせて、創造主である神の定めに逆らう法律を作成することによって、多くの人々を惑わしているのです。

ますます多くの人々が、罪は、つまり創造主である神の導きに逆らう行いは、たとえ法律によって許されていても、人に害を与えるものであることを理解し、正しい生き方、真の幸福に導く道に戻ることができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7木曜日 (マコ9,41-50)

「もし片方の手があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい。両手がそろったまま地獄の消えない火の中に落ちるよりは、片手になっても命にあずかる方がよい。」マコ9,43

いろいろな執着や他の依存関係をなくすことは、場合によって、手足を切断するよりも難しいし、時間がかかることです。けれども、それはいくら難しいことであっても、どうしてもしなければならないのです。なぜなら、自由になった人だけが、愛することができるがゆえに、人間らしく生きて、永遠の命にあずかることができるからです。

ますます多くの人々が、イエス・キリストの無条件の愛に励まされ、勇気を出して、自分の人生において愛に生きることを妨げている問題を、見出すことができるように祈りながら、イエスの愛の力によってその問題を解決し、ますます力強く愛に生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の、神である父よ、
わたしたちの行いが、
いつもみ旨にかなうよう導いてください。
御子キリストのうちにあって、
豊かな実りを結ぶことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第7水曜日 (マコ9,38-40)

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」マコ9,40

ただ、お金を儲けるためにだけ、キリスト教の教会堂を模した建物を建てたり、キリスト教の儀式をまねて挙式を行ったりする結婚式場を見ると、イエスに従わずに、イエスの名によって悪霊を追い出している人を見て、腹を立ててやめさせようとしたヨハネの気持ちがよく分かる気がします。けれども、もしかして、現在の日本の現状においては、このようなウエディングを商売にしている人々のことさえも、味方として見なければならないのかもしれません。

イエス・キリストの名が、あらゆる方法によって日本中に知れ渡って、イエスのもとに集い、イエスと共に働き、イエスと共に神の民を集める人が、この日本にますます増えますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。