復活第5週

29日(日) 復活節第5主日 

30日(月) 復活節第5月曜日

(聖ピオ5世教皇)

1日(火) 復活節第5火曜日

(労働者聖ヨセフ )

2日(水) 復活節第5水曜日

聖アタナシオ司教教会博士(記)

3日(木) 聖フィリポ、聖ヤコブ使徒(祝)

4日(金) 復活節第5金曜日

5日(土) 復活節第5土曜日

(さいたま教区司教座教会献堂記念日)

復活節第5主日B年 (ヨハ15,1-8)

「子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。これによって、わたしたちは自分が真理に属していることを知り、神の御前で安心できます、心に責められることがあろうとも。神は、わたしたちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです。」1ヨハ3,18-20

回心する前にファリサイ派に属していたパウロは、他の多くの人よりも律法を知っていましたし、他の多くの人よりも律法の定めに忠実に生きていました。それゆえに、パウロは、他の人よりも優れていると思って、自分が完璧な人間であるという自信を持っていたのです。

けれども、その時のパウロは律法の文字に忠実であっても、律法の精神から遠く離れていました。彼の生活には強い正義感があっても、愛やいつくしみが全然ありませんでした。律法を守らない人を厳しく罰することができても、人の弱さを理解することや、人の過ちをゆるし、人を力付け、正しい生活に導くことができませんでした。結果的にパウロは、神のみ旨に従って生きようと思っても、実際には神に逆らって生きていて、神の味方であるつもりであっても、実際には神の敵となっていたのです。

イエスと出会ってからパウロの生活が全く変わりました。確かに、イエスとの出会いは、彼にとって苦しいことでした。なぜなら、その時、自分自身がどれほど自分自身を騙していたか、どれほど現実から離れていたかという事実が分かったからです。それと同時に、パウロにとってイエスとの出会いは大きな希望と喜びの源にもなりました。その時から、パウロはもはや自分の力に頼らず、イエスが現してくださった神の力、特に神の愛といつくしみに頼るようになりました。イエスと繋がって生きるようになったパウロは、他人に対する態度も変え、彼の心が神ご自身の心のように広くなりました。そのような生活によって、彼が本当に神を知っているということ、本当に神の子になったということを表していたのです。

私たちもパウロのように、私たちの心よりも大きな神の愛に力付けられて、自分の現状を知り、神のいつくしみに頼ることによって、神の愛に生きることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは、キリストによってわたしたちをあがない、
神の子どもとしてくださいます。
あなたの愛を受けた民を顧み、
御子を信じる人々に、
まことの自由と永遠の喜びをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

復活第4週

22日(日) 復活節第4主日 (世界召命祈願の日)

23日(月) 復活節第4月曜日

(聖ジェオルジオ司教殉教者)、(聖アダルベルト司教殉教者)

24日(火) 復活節第4火曜日

(聖フィデリス -ジグマリンゲン- 司祭殉教者 )

25日(水) 聖マルコ福音記者(祝)

26日(木) 復活節第4木曜日

27日(金) 復活節第4金曜日

28日(土) 復活節第4土曜日

(聖ペトロ・シャネル司教殉教者)、(聖ルイ・マリー・グリニョンド・モンフォル司祭)

復活節第4主日B年 (ヨハ10,11-18)

「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。世が私たちを知らないのは、御父を知らなかったからです。」1ヨハ3,1

普段人間が羊を飼うのは、その毛や肉や乳などのため、要するに、自分の利益のためです。羊飼いたちが、羊のために時間をかけて、力を尽くして一生懸命に働くことがあっても、それは最終的に、この利益をより大きくするためなのです。良い羊飼いであると宣言されたイエスは、ご自分のために何の利益も求めないだけではなく、この羊、つまり私たちのために、ご自分の命をささげてもくださるのです。

何の利益も求めず、自分より弱いもののために命を懸ける人がいるかもしれませんが、イエスは私たちのために、誰にもできないようなことをされました。それは受肉です。つまりイエス・キリストにおいて、神ご自身が人間となられたということなのです。確かにそれは、羊飼いが自ら羊になったような、非常に信じがたいことですが、私たちにとって何よりも大切なことなのです。なぜなら、御言葉である神の子が人間になったがゆえに、今私たちが神の子になり、神の命にあずかるようになって、神の家族の一員になれるからです。それこそ、私たちの救いですし、イエス・キリストがご自分の命をささげていいと思われたほど価値のあるものなのです。

この救いは無償の賜物ですが、それを受け入れるために、羊が羊飼いに従うように、私たちはイエスに従わなければなりません。イエスに従うためには、私たちが命を犠牲にする必要性がなくても、今まで大事であると思って力を尽くして手に入れようとしたもの、手に入れてから奪われないように注意を払ってきて結果的にいつも執着しているものを、手放す必要があるでしょう。ですから、イエスを愛している時だけ、つまり、イエスとの繋がりがこの世において最も大切な宝であると確信している時だけ、私たちは救いにあずかることができるわけです。

全能永遠の神よ、よい牧者キリストは、
わたしたちのためにいのちをささげてくださいました。
キリストの声に従うわたしたちがあなたの国に導かれ、
聖人とともに喜びを分かつことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活第3週

15日(日) 復活節第3主日

16日(月) 復活節第3月曜日(新潟教区司教座教会献堂記念日)

17日(火) 復活節第3火曜日

18日(水) 復活節第3水曜日 (聖スタニスラオ司祭殉教者(記))

19日(木) 復活節第3木曜日

20日(金) 復活節第3金曜日(聖マルチノ一世教皇殉教者)

21日(土) 復活節第3土曜日 (聖アンセルモ司教教会博士)

復活節第3主日B年 (ルカ24,35-48)

「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。」ルカ 24,46-47

私たちが抱いている恐れや怒り、また、妬み、絶望、不正な扱いを受けている感じや無力感などのような感情は、殆どの場合、苦しい体験をして、過去に負わされた傷がもたらすものなのです。このような感情によって、古い傷が私たちを支配しています。そのために、正しいと思うことを実行することができないし、逆に正しくないと思うことをやってしまうことがあるのです。多くの人が過去の苦しい体験を忘れようとしていますが、この体験を忘れることができても、それによって負わされた傷が癒されない限り、私たちは自由に、喜びと平和の内に生きることができないのです。

復活されたイエスは、私たちにご自分の平和を与えながら、この平和を受け入れる方法を教えています。イエスが自分の傷を弟子たちに見せることによって、私たちも自分自身の傷をイエスに見せるように呼びかけています。私たちは、自分の傷を隠すことによってではなく、それを癒すことのできる方に見せることによって、本当の癒しの過程が始まるのです。

神がイエスご自身の苦しみと傷を全ての人の救いに変えてくださったように、私たちの苦しみから神は善を引き出すことができます。私たちの苦しい体験から悪だけではなく、善も生じていることに気が付くならば、私たちは神の働きを確認することができます。この体験によってイエスに対する信頼が深まるし、私たちの癒しが進みます。傷が癒されれば癒されるほど、加害者をゆるすことが当然のことになります。イエスがご自分を十字架に付けた人々をゆるしたように、私たちも心から自分の加害者をゆるすならば、イエスが与えてくださる平和を受け入れることができるのです。

すべてを導かれる神よ、
教会は新しい民を迎えて若返り、
喜びに満たされています。
あなたの子どもとなる恵みを受けたわたしたちが、
感謝のうちに救いの完成を待ち望むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

神のお告げ (ルカ1,26-38)

「マリアは言った。『わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。』そこで、天使は去って行った。」ルカ1,38

神は人間を、愛によってご自分と結ばれて、ご自分の神性にあずかり、ご自分と一体となるために、ご自分に象って創造してくださいました。神の善意を疑って、神から離れた人間を救うために、つまり、創造主である神が人間のために初めに定めた目的に到達することが再び可能となるために、神はイエス・キリストにおいて人間性を受けて、御自ら人間になってくださったのです。

ますます多くの人々が、聖母マリアのように神に信頼を寄せて、神の導きに従うことによって自分自身を神に奉献し、神との完全な一致に向かって生きることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
みことばは人となり乙女マリアからお生まれになりました。
救い主イエス・キリストが
人となられた神であることを信じるわたしたちが、
神のいのちにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活の土曜日 (マコ16,9-15)

「その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。」マコ16,12-13

人間が救いの恵みを受け入れるのは、復活して生きておられるイエスを見ることによるのではなく、イエスを信じて、イエスに忠実に従うことによるものなのです。

イエスは、一人ひとりに合わせて、一人ひとりにもっとも相応しい仕方によって、信仰を与えてくださいますので、ますます多くの人が心を開いて、他の人の体験を妬むことなく、イエスが与えてくださる信仰の恵みを受け入れることによって、イエスと結ばれ、イエスと共に生きるようになりますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
あなたは恵みを注いで、信じる民を増やしてくださいます。
洗礼によってあなたの家族に加えられた人々を顧み、
永遠のいのちの喜びで満たしてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活第2週

 8日(日) 復活節第2主日 (神のいつくしみの主日)

 9日(月) 神のお告げ(祭)

10日(火) 復活節第2火曜日

11日(水) 復活節第2水曜日 (聖スタニスラオ司祭殉教者(記))

12日(木) 復活節第2木曜日

13日(金) 復活節第2金曜日(聖マルチノ一世教皇殉教者)

14日(土) 復活節第2土曜日