年間第4木曜日 (マコ6,7-13)

「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。」マコ6,12-13

イエスによって遣わされた十二人の使徒が、与えられた使命を果たすことができたのは、イエスから与えられた力を頼りにして、イエスの指示と模範に従ったからです。

私たちも使徒たちと同じように、イエスから与えられた力に基づいて、イエスの言葉を実行し、イエスの模範に倣って生きることによって、多くの人々をイエスのもとに導くことができますように祈りましょう。

年間第4水曜日 (マコ6,1-6)

「『この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。』このように、人々はイエスにつまずいた。」マコ6,3

ナザレの人々は、イエスが大工の息子であることにあまりにも慣れ過ぎましたので、イエスが優れた知恵と力を表しても、イエスが神に遣わされた方であるという事実を、自分のイメージに合わないものとして、受け入れることができなかっただけではなく、つまずいて、彼らのイエスとの関係は悪いものとなってしまったのです。

私たちの抱くイエスについての考え方や想像が、イエスご自身とは異なるものであることを常に意識して、この考えや想像が、いくら素晴らしいものであっても、また、いくら大きな力や喜びの源であっても、それに執着することなく、イエスについてより深い真理を受け入れ、イエスとの関係を更に深めるために、親しんできた考え方や想像を手放すことができますように祈りましょう。

年間第4火曜日 (マコ5,21-43)

「イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。『お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。』イエスはその話をそばで聞いて、『恐れることはない。ただ信じなさい』と会堂長に言われた。」マコ5,35-36

イエス・キリストは、あらゆる病気を癒したり、死んだ人をよみがえらせたりすることによって、真に命の主であることを示してくださったのです。

ますます多くの人々が、イエス・キリストの愛と力を信じて、この信仰と愛によってイエスと結ばれますように。そしてこの絆が段々と強くなることによって、ますます豊かに生き、永遠の命にあずかることができますように祈りましょう。

年間第4月曜日 (マコ5,1-20)

「この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。」マコ5,3-5

人間は、全く価値のない物事に何らかの価値があると思ったり、実際に自分に害を与える物事が役に立っているとか、どうしても必要であると思ったりすることがあります。その時は、そんなつもりがなくても、何の価値もないものを大事にしたり、自分に害を与えるものを追求したりしているわけです。このような勘違いをしている人は、大切にしている物事の本当の価値や、価値の無さ、また、この物事から実際に受けている悪い影響に気付いて、価値のない物事や自分に害を与える物事を手放さない限り、自分に本当に必要な善を受け入れることができず、幸せに生きることもできないのです。

ますます多くの人々が、イエス・キリストの教えとイエス・キリストご自身を知ることによって、物事の実際の価値と役割をありのままに見ることができますように。そしていろいろな束縛から解放されて、真に価値のあるものを受け入れることと、正しい道を歩むこと、つまり、自分をも周りにいる人をも生かすような生き方をすることができますように祈りましょう。

年間第3土曜日 (マコ4,35-41)

「激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、『先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか』と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、『黙れ。静まれ』と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。」マコ4,37-39

全能の神は、私たちを悪から救うためにイエス・キリストにおいて人間になったこと、また、人間の手から激しい苦しみと残酷な死を受けても、私たちをお見捨てにならなかったことによって、私たちに対するご自分の愛の偉大さを示してくださいました。それにもかかわらず、私たちは何らかの問題や困難、または、他の意外な苦しみに遭った際に、神が私たちが期待しているとおりに私たちを助けてくださらないならば、弟子たちのように神の愛と善意を疑ってしまう傾向があるのではないでしょうか。

私たちはどんな状況においても、神の愛と善意を信頼することができますように。そして神の愛に強められ、その導きに従うことによって、出遭う悪からすら善を引き出すことができますように祈りましょう。

1月28日 年間第4主日B年 (マコ1,21-28)

「人々は皆驚いて、論じ合った。『これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。』イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。」マコ1,27-28

イエスは、他の人よりも大きな力を示したので、彼の評判が早く広まって、大勢の人々がイエスのもとに集い、イエスに従うようになりました。けれども、イエスが逮捕された後に、ほとんど皆がイエスから離れてしまいました。イエスを逮捕した人たちの方が、イエスより大きな力を持っていると思うようになった人たちは、イエスを迫害していた権力者の味方になって、権力者らが望んだ通りにイエスの死刑を請求したのです。

この人たちは、イエスから自分の利益になると思うようなものしか求めませんでしたので、イエスと出会っても、イエスの行いや言葉の意味をまったく理解せず、イエスの真の素晴らしさを見出すことができませんでした。結果的に、イエスに対して心を開かずに、イエスが彼らに一番与えたかった賜物、一番価値のあるもの、すなわち、神の愛と神の命を受け入れることができなかったのです。

けれども、イエスが権力者たちに負けたように見えても、十字架に付けられて何もできないようになっても、そのイエスのもとに最後までとどまった人もいました。彼らはイエスを愛していましたので、彼らがイエスに従ったのは、何らかの報いを手にするためではなく、イエスと共にいるため、また、イエスに奉仕するためでした。彼らは愛の目で見たので、イエスの力強い行いにおいても、イエスの受難や十字架の死においても、無限の愛を、あらゆる悪と死よりも強い愛を、見出すことができましたし、この愛を受け入れることができたのです。

イエスに従っている私たちは、絶えず自分の動機を調べ、必要に応じてこの動機を正すようにしなければなりません。なぜなら、愛のためにイエスに従う人だけが、どれほど大きな力によっても消し去ることのできない絆でイエスと結ばれ、永遠の命にあずかり、この地上においても死を超えてもなお、本当に豊かに生きることができるからです。

年間第3金曜日 (マコ4,26-34)

「イエスは言われた。『神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。』」マコ4,26

種が芽を出して最終的に実を結ぶのは、人間がそれを土に蒔くからとか、水を注ぐからというよりも、種には目に見えない生命力が働くからです。同じように、神の国が発展して完成されるのは、私たちが祈るからとか、宣教活動をしたり他の良いことをしたりするからではなく、父である神がそれを望んで、その実現のために、私たちに理解のできない仕方によって働いてくださっているからです。

私たちは、イエス・キリストから与えられた使命を果たすことによって、父である神がイエス・キリストを通して必ず実現してくださる神の国に入り、多くの人々をもその国に導き入れることができますように祈りましょう。

年間第3木曜日 (マコ4,21-25)

「(イエスは)彼らに言われた。『何を聞いているかに注意しなさい。』」マコ4,24

私たちは、見るものや聞くもの、また、読むものや接する人を、自分で決めることができても、見ているものや聞いているものから、また、読んでいるものや接している人から、どんな影響を受けるかということは決めることができないようです。

私たちは、広い意味で相手を賢く選び、その相手から良い影響を受けることによって成長し、出会う人々に良い影響を及ぼすことができますように祈りましょう。

年間第3水曜日 (マコ4,1-20)

「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、ある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。」マコ4,20

イエス・キリストが伝えてくださった神の言葉には、あらゆる時代、あらゆる文化、あらゆる状況の中で生きている人を、永遠の命、つまり神との愛の交わりに導く力があるのです。

ますます多くの人々が、心を開いて神の言葉を受け入れ、それに従って生きることによって、あらゆる束縛から解放されて、創造主である神、永遠の命、つまり、永遠に続く最高の幸福の源である神に向かって、歩むことができますように祈りましょう。

年間第3火曜日 (マコ3,31-35)

「イエスは、『わたしの母、わたしの兄弟とはだれか』と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。』」マコ3,33-35

「神の御心を行う」人、つまり神の望み、神の意向に従って生きている人々は、イエス・キリストの兄弟姉妹になり、父である神ご自身の子どもになっているのです。

誰よりも神の望みに忠実に従って、神の子であるイエスのお母さんになったマリアに倣い、私たちも、神の望みを表す御言葉に従って生きることによって、イエス・キリストを通して、父である神との絆を深めることができますように祈りましょう。