11月30日 聖アンデレ使徒 (マタ4,18-22)

「イエスは、『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。」マタ4,19-20

父である神は、すべての人々を愛の絆で結び、一つに集めたいと求めておられ、そのために常にご自分で働き、また人々の協力をも求めておられるのです。

ますます多くの人々が、今日記念する聖アンデレのようには、すべてを捨てて、福音宣教のために全生涯をささげるように招かれていなくても、それぞれの生きている場で、いつもイエスの教えを守り、聖霊の導きに従って、神の愛を証しすることによって、イエスと共に神の望みに応えて人々を集めることができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
みことばを宣教し、教会を導くために、
あなたは聖アンデレを選び、使徒とされました。
聖人の殉教を記念して祈るわたしたちに、
あなたの国のあかしとなる恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

 

年間第34水曜日 (ルカ21,12-19)

「しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。それはあなたがたにとって証しをする機会となる。」ルカ21,12-13

迫害や他の不正、裏切られることや憎まれることは、決して望ましいことではありませんが、イエス・キリストが教えてくださる通り、それらの悪は、私たちに絶対的な害を与えること、つまり私たちをキリストから引き離して、私たちから永遠の命を奪い取ることはできません。それだけではなく、私たちがそれをキリストを証しする機会として、つまりイエスから与えられた使命を果たす機会として用いることによって、イエスとの愛の絆を強めることができるのです。

私たちはイエス・キリストと同じように、苦しみや死に対して恐れを感じても、それに左右されることなく、望ましくない苦しみの中にあっても、聖霊の導きを見出し、それに従うことができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
あなたを仰ぎ見る民の、心からの願いを顧みてください。
わたしたちが何をなすべきかを知り、
果たすべき使命を全うすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第34火曜日 (ルカ21,5-11)

「ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。『あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。』」ルカ21,5

私たちが見ることのできる世界と、その中のすべての物質的なものは有限なもので、必ず過ぎ去ります。もしかして、そのようなものしか存在していないと思う人、つまりそれがすべてであると思う人は、世の終わりまで、それを自分のものにするために争い続けるのかもしれません。

この世の暗闇の中に生きていても、ますます多くの人が神の言葉に照らされて、キリストの愛という無限の価値のある宝を発見して、この宝に忠実に生き、それを他の人と分かち合うことによって、共に力を合わせて永遠の命に向かって歩むことができますように祈りましょう。

万物を治められる神よ、
世界の歩みを力強く導いてください。
現代に生きる教会が人々に仕え、
平和のために尽くすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第34月曜日 (ルカ21,1-4)

「(イエスは) 言われた。『確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。』」ルカ21,3-4

貧しいやもめは、生活費すべてを献金したことによって、自分の人生を神にゆだね、神に対する大きな信頼を表したので、イエスに高く評価されたのです。

私たちも神を信頼して、自分の人生を神にゆだねることができますように。そして、聖母マリアのようにいつも聖霊の導きに従い、父である神のみ旨を行うことによって、自分自身を奉献し、三位一体の神と一つになることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
わたしたちがいつも聖霊の光を求め、
ことばと行いをもって、
み旨を果たすことができるように導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第33土曜日 (ルカ20,27-40)

「イエスは言われた。『この世の子らはめとったり嫁いだりするが、次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない。この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。』」ルカ20,34-36

結婚誓約によって結ばれた男女は、相互の愛に生き、愛を育てることと、命を伝えること、さらにこの命を支えることによって、創造のわざに協力する使命を創造主である神から与えられました。創造が完成されて、神の国に受け入れられた人たちは、神ご自身の愛と命にあずかり、皆が一つとなるほど完全な愛に結ばれますので、この世においてどうしても必要な結婚制度は、神の国ではもはや必要がなくなるわけです。

結婚生活をしている人々は、神の賜物である愛と命にいつも開かれた態度を保って、この賜物に忠実に生きることによって、与えられた使命を果たし、神の国に入ることができますように祈りましょう。

諸国民の父である神よ、
ベトナムの百十七殉教者は、
自らの血によって御子の十字架に
最後まで従う信仰をあかししました。
殉教者の取り次ぎを祈るわたしたちも
神の愛を隣人に伝え、
神の子どもとして成長することができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
すべてを治められる神よ、
みことばを宣教し、教会を導くために、
あなたは聖アンデレを選び、使徒とされました。
聖人の殉教を記念して祈るわたしたちに、
あなたの国のあかしとなる恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
全能永遠の神よ、
あなたを愛する心をお与えください。
復活の信仰に生きるわたしたちが、人々の中で、
絶えずそのあかしを立てることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

11月26日 王であるキリスト・年間第34主日A年 (マタ25,31-46)

「そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」マタ25,40

イエスがピラトの前で言ったように、ご自分の国はこの世に属していません(ヨハ18,36)。 したがって、王であるイエス・キリストの王国はこの世の王国と異なるものですし、イエス自身もこの世の王たちとまったく異なっておられる王なのです。イエスは軍隊も警察も持っていないし、誰にも服従を強いることもなければ、ご自分の王国を暴力によって守ったり、広めたりすることもありません。それからキリストは、仕えられる王ではなく、仕える王なのです。しかも、人の善のためにご自分の力を尽くすのみならず、ご自分の命さえもささげます。なぜなら、イエスは、ご自分の味方となっている人だけではなく、すべての人を愛しておられる王であるからです。

多くの人にとってそのような王は、非常に弱く見えるし、無視しやすくて、侮辱しやすい者なのです。けれども、イエスはご自分を無視する人も、ご自分を侮辱する人も愛し続けます。そして、この愛のゆえに、この人たちがイエスを自分の王として、自分の主として認めるようにと、ご自分の王国、つまり神の国に入るようにと、絶えず招き続けるのです。決して滅ぼされることも、消えることもないこの愛こそ、イエスの力なのです。死よりも強いこの愛のために、イエスの支配は終わることがないし、その王国は永遠に存在し続けるのです。

イエスの招きに応えて、イエスを本当に自分の王、自分の主として認めた人は、イエスと同じように愛に生きています。自分を生かすために他人を利用するのではなく、必要があれば自分を犠牲にしながらも、他人の善のために力を尽くします。したがって、愛に生きている人は誰でも、たとえイエスを知らなくて、意識的にイエスを自分の王として認めていなくても、実際にイエスに従っているし、イエスに属していると言えます。けれども、イエスを王として認めていると言いながらも、愛に生きていない人は、実際にはイエスに属しているとは言えないでしょう。

全能永遠の神よ、
あなたは、天地万物の王であるキリストのうちに、
すべてが一つに集められるようお定めになりました。
造られたすべてのものが、罪の束縛から解放されてあなたに仕え、
栄光を終わりなくたたえることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第33金曜日 (ルカ19,45-48)

「それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、彼らに言われた。『こう書いてある。「わたしの家は、祈りの家でなければならない。」/ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。』」ルカ19,45-46

神がご臨在されたエルサレムの神殿は、祭司たちの仲介によって、すべての人々が神を礼拝し、神から必要な恵みをいただく祈りの家となるはずでしたが、祭司たちが自分たちの利益を優先して、神から与えられた使命を裏切ったがゆえに、神殿はこの役割を果たさなくなり、結局、破壊されました。そのとき以降、イエス・キリストは、永遠の神殿であり、唯一の大祭司であるのです。

私たちは、イエス・キリストとの交わりのうちに生きることによって、父である神を礼拝し、神から必要な恵みをいただくことができますように。そしてイエスに忠実に従うことによって、与えられた恵みを他の人に伝えることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
わたしたちがいつも聖霊の光を求め、
ことばと行いをもって、
み旨を果たすことができるように導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第33木曜日 (ルカ19,41-44)

「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……しかし今は、それがお前には見えない。」ルカ19,42

イスラエル人たちが神の言葉に従って生きていたときに、彼らの国は栄えていましたが、神の言葉を無視して、神から離れた時に、道徳的に堕落し、経済が衰え、政治も混乱した結果、分裂することや独立を失うこと、また、国が完全に滅ぼされることもあったのです。

神が示してくださる道からますます離れて行く現代の人々は、神の言葉こそが、皆が求める平和への道を示すものであるという事実を認め、滅びに導く道を離れて、真の平和と幸福に向かって歩むことができますように祈りましょう。

信じる者の力である神よ、
あなたに呼び求めるわたしたちを顧みてください。
聖女セシリアの取り次ぎに支えられて、
ふさわしい賛美の歌をささげることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第33水曜日 (ルカ19,11-28)

「イエスは言われた。『ある立派な家柄の人が、王の位を受けて帰るために、遠い国へ旅立つことになった。そこで彼は、十人の僕を呼んで十ムナの金を渡し、「わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい」と言った。』」ルカ19,12-13

イエス・キリストが十字架上で救いのわざを成し遂げられた後に、昇天され、聖霊を遣わしてくださったときから、再臨されるときまでの間は、イエスを待ち望みながら、与えられた使命を果たす期間となっているのです。

イエス・キリストがいつ来られても、イエスを喜んで迎えることができますように。そして、いつも聖霊の導きに従い、与えられた使命を忠実に果たして生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
おとめマリアの奉献を記念して祈ります。
聖マリアの取り次ぎを願うわたしたちが、
豊かな恵みといのちにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。
すべてを治められる父よ、
み旨にしたがって生きる人に、
あなたは神の国の喜びを備えてくださいます。
あなたからいただくすべてのものが、
救いのみわざの完成に役立つものとなりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第33火曜日 (ルカ19,1-10)

「イエスは言われた。『今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。』」ルカ19,9-10

人間が罪を犯すことによって、父である神からどれほど遠くに離れても、神はこの人を諦めず、この人が神のもとに立ち戻るように常に働き、正しい道を示すしるしを与え、ご自分の愛を表すことによって、人間の心の中でご自分に対する憧れと望みを起こしてくださるのです。

ますます多くの人が、ザアカイのように神が与えてくださった愛のしるしや起こしてくださった望みに従い、命の源である神のもとに立ち戻り、自ら豊かに生き、他の人をも生かすことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。