9月1日 年間第21金曜日 (マタ25,1-13)

「愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。」マタ25,10-12

自分の心の中で愛の火が燃えるようになっても、愚かなおとめのように、この火を最後まで守れない人が非常に大勢いるようです。愛の火が、ずっと燃え続けるために、愛を受け入れるだけではなく、それを実践し、実際に愛に生きなければならないのです。

キリストからいただいた愛に忠実に生き、それを実践し、他の人と分かち合うことができますように。そして私たちのうちでますます強く燃える愛の火によって、私たちがキリストの姿に変えられますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたはわたしたちを選び、光の子としてくださいました。
わたしたちが罪のやみに迷うことなく、
いつも真理の光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

8月31日 年間第21木曜日 (マタ24,42-51)

「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。」マタ24,42

私たちの主イエス・キリストは、ある決まった時間とか、決まった状況においてのみ働いておられるのではなく、いつも私たちと共にいてくださり、どんな状況においても働いておられるのです。

私たちは、絶えず「目を覚ましていて」、共にいてくださるイエスと対話しながら、イエスの働きに協力し、イエスの導きに従い、イエス・キリストの再臨のために必要な準備をすることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
わたしたちがいつも聖霊の光を求め、
ことばと行いをもって、
み旨を果たすことができるように導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

8月30日 年間第21水曜日 (マタ23,27-32)

「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている。」マタ23,27

主イエスによって偽善者と呼ばれていた、律法学者たちとファリサイ派の人々の一番大きな問題とは、他の人を騙して、自分たちが正しい人であると信じさせたことではなく、自分たち自身がその嘘を信じていたということなのです。なぜなら、現実にさからって自分が良い人で、正しい人であると確信を持っている人は、何の問題もないと思って安心して、誇りを持って生きているのでしょうが、心にある問題が無くならないだけではなく、段々と悪化していき、この人が自分の問題を認めて、それを解決しない限り、本当に良い人間、愛に生きる人間になる可能性はないからです。

私たちは、律法学者たちやファリサイ派の人々と違って、自分の善行に頼るのではなく、神のいつくしみ深い愛に頼ることによって、安心して自分の問題を認めることができますように。そして、神の力に助けられて、この問題を解決することによって成長し、イエスのように愛に満たされた、神の心に適う人間になることができますように祈りましょう。

8月29日 洗礼者ヨハネの殉教 (マコ6,17-29)

「客の手前、少女の願いを退けたくなかった。そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。」マコ6,26-27

有力者であったヘロデ王は、神の呼びかけを無視して、段々と大きな罪を犯し、この罪の虜になったがゆえに、自由を失い、心を痛めながらも、自分の意志に逆らって、無実な人の命を奪うようになってしまったのです。

洗礼者ヨハネは、逆に、神の言葉に従うことによって、批判や監禁されても、また、死を前にしても、与えられた使命を果たすことができるほど心が強くなり、自由になって、救い主の有力な協力者になったのです。

洗礼者ヨハネと同じように私たちも、神の言葉に忠実に従うことができますように。そして、世の救い主イエス・キリストのために、多くの人の心がキリストへと向かうための道を、整えることができますように祈りましょう。

すべてを導かれる神よ、
洗礼者聖ヨハネは、その誕生においても死においても、
御子キリストの先がけとなって主の道を備えました。
真理と正義のためにいのちをささげた聖人にならい、
わたしたちも、
力を尽くして福音のあかしとなることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

8月28日 年間第21月曜日 (マタ23,13-22)

「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。人々の前で天の国を閉ざすからだ。自分が入らないばかりか、入ろうとする人をも入らせない。」マタ23,13

律法学者たちやファリサイ派の人々のように、自分が正しい人間だと思い込んでいる人は、ある程度まで、安心感や満足感を味わうことができますが、それは表面的なもので壊れやすいものですので、それを強めるために、この人は、自分と同じような行動をしない人を批判したり、責めたりするのです。

私たちは、自分たちの「正しさ」を頼りにしたり、基準にしたりするのではなく、自分自身の足りないところを意識しながら、父である神のいつくしみ深い愛を頼りにし、神の心に従って生きたイエス・キリストを基準にして、常に自分の心をイエスの心に合わせ、また、自分の思いと行いを、イエスの思いと行いに合わせて生きることができますように祈りましょう。

 

8月27日 年間第21主日A年 (マタ16,13-20)

「イエスが言われた。『それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。』シモン・ペトロが、『あなたはメシア、生ける神の子です』と答えた。」マタ16,15-16

「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」というイエスの質問に関して、シモン・ペトロは、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えました。それは正しい答えでしたが、ペトロは自分自身が語った言葉の意味を、まだ正しく理解していなかったのです。

そのときペトロにとって、「メシア」は、政治的な支配者を意味していました。また「神の子」は、イスラエル人や神から特別な使命を受けた人を意味していました。ですから、メシアであり神の子であるイエスは、ペトロにとって、イスラエルの王になる使命を神から与えられた人を意味していました。イスラエルの王になる使命を神から与えられた人に従っていれば、自分がいつかその権力や富にあずかるという期待を持っても不思議ではないでしょう。けれども、そのような自己中心的な動機に基づいて、つまり自分の利益を求め、自分の計画を実現するためにイエスの仲間になる人は、途中、苦しみと出逢えば、ペトロと同じように自分を守るためにイエスを裏切り、イエスから離れる恐れがあるのではないでしょうか。

ペトロがイエスを裏切ったのは、とても悲しいことですが、ペトロはそれによって自分の弱さを知り、また、イエスにゆるされることによってイエスの愛の偉大さを知りました。そのときから、ペトロは自分が求めた目的や自分の計画ではなく、キリストが示してくださった目的に向かって、神の計画の実現に協力するようになりました。動機を変えたペトロは、最後までキリストに忠実に従い、彼の心が完全な愛で満たされたと同時に、彼の最も深い望みも実現されたのです。

永遠の父よ、
約束された聖霊を待ち望むわたしたちの祈りを
聞き入れてください。
移り変わる世界の中にあって、
わたしたちが心を一つにして愛のおきてを守り、
いつもまことの喜びに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

8月26日 年間第20土曜日 (マタ23,1-12)

「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。」マタ23,2-3

律法学者やファリサイ派の人々は、神から与えられた力をただ自分の利益のためにだけ用いましたので、表面的には神に仕えるように見えても、実際には、彼らの心が神から遠く離れていたのです。

私たちは、イエスの教えと模範にしたがって、持っている力を自分の利益のためだけではなく、他の人を助けるためにも用いることによって、神との絆、また、他の人との絆がますます強められますように祈りましょう。

8月25日 年間第20金曜日 (マタ22,34-40)

「イエスは言われた。『「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが最も重要な第一の掟である。』」マタ22,37-28

もし、人間が「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして」神を愛することができたならば、恐らくこの瞬間に、神と一つになったのではないかと思います。それこそ人生の目的であって、イエス・キリストがこの目的を目指して、ご自分の言葉と人生の模範によって、私たちを導いてくださるわけです。

私たちは、イエス・キリストに従うことによって、父である神との交わりを深め、神との絆を固めることができますように。そして、イエスのように生きることによって、多くの人々に神の愛を伝えることができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

8月24日 聖バルトロマイ使徒 (ヨハ1,45-51)

「ナタナエルが、『どうしてわたしを知っておられるのですか』と言うと、イエスは答えて、『わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た』と言われた。ナタナエルは答えた。『ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。』」ヨハ1,48-49

神の言葉は、受肉なさる前にイスラエルの歴史の中に既に存在し、働いておられたように、誰かがキリストと意識的に出会う前に、言ってみれば、キリストがこの人の人生において受肉なさる前に、この人が生き始めた瞬間からキリストは共にいてくださり、その人生の中で働いておられるのです。

ナタナエルが、神の言葉に耳を傾けることによってメシアを迎える準備をし、イエスと出会ったときに、イエスをメシアとして認め、イエスに従ったように、すべての人々は、正しいこと、善、真理、愛を探し求めることによって、イエス・キリストとの出会いのために準備し、イエス・キリストを神の子として、また救い主として認め、受け入れることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、
使徒バルトロマイの殉教を記念するわたしたちに、
まことを尽くして御子キリストに従う信仰をお与えください。
使徒の祈りと模範に励まされて、教会が、
すべての人の救いの秘跡となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

8月23日 年間第20水曜日 (マタ20,1-16)

「自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」マタ20,14-15

人間が神の働きに協力するのは、何かの報いをいただくためではなく、神の気前のよさ、神の愛を体験することによって、神の愛を受け入れ、自分の心を神の心のようにしていただくためなのです。最終的に私たちは、神のように愛に満たされた心を持つようになってはじめて、神と心を一つにすることができる、つまり永遠の命にあずかることができるのです。

私たちは、父である神の完全な現れであるイエス・キリストと共に生き、共に働くことによって、少しずつイエスのように考え、イエスのように話し、イエスのように生きるようになることを願って祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
あなたを仰ぎ見る民の、心からの願いを顧みてください。
わたしたちが何をなすべきかを知り、
果たすべき使命を全うすることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。