8月1日 年間第17火曜日 (マタ13,36-43)

「イエスはお答えになった。『良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。』」マタ13,37-39

信仰と愛によってイエス・キリストと結ばれた私たちは、「御国の子ら」として世界に遣わされています。

すべてのキリスト者は、日常生活において神の言葉に忠実に従い、与えられた使命を果たすことによって、より多くの人がキリストのもとに近づき、愛に生きるようになり、最終的に永遠の苦しみから救われますように祈りましょう。

 

7月31日 年間第17月曜日 (マタ13,31-35)

「イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『わたしは口を開いてたとえを用い、/天地創造の時から隠されていたことを告げる。』」マタ13,34-35

私たちが体験している現実と、イエス・キリストが現してくださる神の現実とは全く異なっていますので、イエスの教えに基づく神についての私たちの考えや想像を神ご自身と比較すれば、私たちの考えや想像は陰に等しいものになります。しかし、私たちの神についての考えや想像が、取るに足りないものであっても、それに私たちの心の中で神に対する愛を起こし、神を求めさせる力があるならば、陰ではない神の現実そのものは、どれほど素晴らしいことなのでしょうか。

私たちの神についての考えや想像は、いくら素晴らしいものであっても、神そのものではないことをはっきりと意識して、それに執着することなく、私たちの理解力も想像力も超える、無限の神に向かって歩むことができますように祈りましょう。

 

7月29日 聖マルタ (ルカ10,38-42)

「主はお答えになった。『マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。』」ルカ10,41

主イエスのためにする働きは、主の望みにかなうときだけ、本当に価値のあるものなのです。なぜなら、このような働きだけが、この人を主イエスと結び付ける絆を強め、主との一致に導くものであるからです。

私たちの働きが、いつも祈りの結果、主の言葉を受け入れる結果でありますように、聖マルタの取り次ぎによって祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたのひとり子は聖マルタの家を訪れ、
もてなしをお受けになりました。
聖女の取り次ぎを願うわたしたちも、
人々の中におられるキリストに仕え、
永遠の国に入ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月30日 年間第17主日A年 (マタ13,44-52)

「高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」マタ13,46

最高の幸福のためにどうしても必要だと思われるものは、そう思う人にとって最も価値の高い宝物になります。人によって、それは物質的な富や健康であったり、仕事や娯楽であったり、学歴、社会的な地位や権力であったり、また、他人に認められることや多くの友人がいることであったりします。

しかし、人間の最高の幸福のために何よりも必要なのは、神の国、すなわち、神との愛の交わりであるということを、宝と真珠についてのたとえによってイエスが教えています。

たとえに登場する、宝が隠されている畑を見つけた人と商人が、見つけた宝や真珠を手に入れるために、自分の持ち物を売ったように、神の国に入るために、言い換えれば、神との愛の交わりに生きるために、今まで自分の宝と思われたものを手放し、それの束縛から自由になる必要があるのです。

今までの生き方への執着が強ければ強いほど、その生活の中心になっていたもの、頼りにして来た物を手放すのは、難しいことです。それができるために、聖パウロと同じように、キリストの愛の素晴らしさと、「万事が益となるように共に働く」(ロマ8,28)神の力の偉大さを知るようになることによって、今まで自分の宝になっていたものを、現実的に見直す必要があります。要するに、この宝と思い込んでいたものは、今まで非常に役に立っても、思ったほど価値がないこと、思ったほど力がないこと、それなりに良い物であっても、ないよりはあった方がいいようなものであっても、自分の幸福のためにどうしても必要なわけではないこと、場合によって真の幸福を妨げるものであることを、認める必要があるのです。

信じる人の希望である神よ、
あなたを離れてはすべてがむなしく、
価値あるものはありません。
いつくしみを豊かに注ぎ、
わたしたちを導いてください。
過ぎ行くものを正しく用い、
永遠のものに心を向けることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月28日 年間第16金曜日 (マタ13,18-23)

「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」マタ13,23

御言葉に忠実に生き、最も豊かな実を結んだ聖母マリアは、神の言葉の意味を理解しなかったこともありましたので、「御言葉を聞いて悟る」こととは、イエスが語った言葉の意味を完全に理解するということではないのです。それは、マリアのように御言葉を自分の人生の中に受け入れ、理解したことを実行するように努力しながら、理解のできなかった神の言葉の働きをも承諾するということなのです。

神の言葉こそ、私たちを生かし、永遠の命に導くものであることを認め、全力を尽くして、御言葉に従い、協力することができますように祈りましょう。

 

7月27日 年間第16木曜日 (マタ13,10-17)

「あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」マタ13,16

イエスのたとえ話をただの作り話や面白い話として聞く人々は、それを少しは楽しむことができるかもしれませんが、この人たちの人生において、何の変化も起こらないでしょう。けれども、イエスを信頼して、イエスのたとえにおいて、導きを探し求める人たちは、必ず神聖な英知と完全な癒しへの道を見出すのです。

ますます多くの人々が、耳だけではなく心も開いて、イエスのたとえの中で見出した導きに従うことによって、いろいろな重荷から解放され、完全に癒されますように祈りましょう。

すべてを照らしてくださる神よ、
あなたは、
暗やみにさまよう人たちがまことの道に立ち帰るように、
真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が、
信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月26日 年間第16水曜日 (マタ13,1-9)

「ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」マタ13,8

イエス・キリストが、気前よく神の言葉、命の言葉を宣べ伝えておられるにもかかわらず、その言葉に耳を傾けず、それを受け入れないがゆえに、人生の意義やその目的、正しい生き方を知らずに、暗闇をさまよっている人々、苦しんでいる人々が大勢いるようです。

御言葉を受け入れた私たちは、それに忠実に従うことによって、この言葉がどんなに確かなもので、どんなに素晴らしいものであるかを表し、多くの人々を御言葉を受け入れるように励まし、力付け、勇気付けることができますように祈りましょう。

すべてを照らしてくださる神よ、
あなたは、
暗やみにさまよう人たちがまことの道に立ち帰るように、
真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が、
信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月25日 聖ヤコブ使徒 (マタ20,20-28)

「いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」マタ 20,27-28

今日、私たちが祝う聖ヤコブは、主イエスに倣って命をささげることによって、復活したイエスを証しし、自分の使命を全うすることができたように、私たちも与えられた使命を果たすことによって、自分自身を父である神にささげることができますように、聖ヤコブの取り次ぎによって祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたは聖ヤコブの殉教を使徒の初穂として
受け入れてくださいました。
聖人の信仰に力づけられ、
その取り次ぎを願う教会が
まことのあかしを立てることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

7月24日 年間第16月曜日 (マタ12,38-42)

「すると、何人かの律法学者とファリサイ派の人々がイエスに、『先生、しるしを見せてください』と言った。イエスはお答えになった。『よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。』」マタ12,38-39

イエスは、非常に多くのしるしを行い、ご自分が神から遣わされたメシアであるということをはっきりと示したにもかかわらず、頑なな心を持っていた律法学者とファリサイ派の人々には、これらのしるしでは十分ではありませんでした。彼らは、しるしというよりも、むしろ信仰を必要としない、証拠を求めていたので、イエスはその要求に応じませんでした。

神は、必ず私たちが必要な働きをされるし、十分なしるしを与えてくださいますので、私たちが神を信頼して心を開き、これらの働きやしるしを受け入れることができますように。そして、神の導きに従って生きることによって、ますます深く父である神の素晴らしい愛を知り、与えられた使命を一層力強く果たすことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたをいつも敬い、愛する心をお与えください。
あなたを愛して生きる者は見捨てられることがないからです。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

7月22日 聖マリア(マグダラ) (ヨハ20,1-2,11-18)

「マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、『わたしは主を見ました』と告げ、また、主から言われたことを伝えた。」ヨハ20,18

今日記念するマグダラの聖マリアは、イエスと出会い、イエスを愛するようになったことによって、罪から解放され、復活なさった主の最初の証人になる恵みを受けたのです。

マグダラの聖マリアの模範と取り次ぎの祈りによって支えられて、私たちもますます深くイエスを愛することによって、ますます自由になって、生きておられる主イエスをますます力強く証しすることができますように祈りましょう。

わたしたちの父である神よ、
マグダラの聖マリアは、
復活の喜びを伝える最初の人となる恵みを受けました。
聖女の祈りと模範に支えられて、
わたしたちも復活されたキリストを宣べ伝え、
その栄光を仰ぎ見ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。