復活節第7木曜日 (ヨハ17,20-26)

「わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」ヨハ 17,26

  父である神と等しい方である神の御ひとり子は、ご自分が父である神によって愛されているように、無に等しい存在である私たちも、同じように父である神によって愛されていることを、ご自分の命、しかも神の御ひとり子であるご自分の命をかけてくださるほど、知ってほしいと望んでおられるのです。

イエス・キリストの犠牲が無駄にならないように、そして、御ひとり子を私たちに与えてくださった神ご自身の愛が無駄にならないように、私たちはできる限り心を開いて神の愛を受け、この愛に生きることによって、ますます多くの人々にこの愛を知らせ、伝えることができますように祈りましょう。

万物の造り主である神よ、
わたしたちを聖霊のたまもので満たし、
力づけてください。
いつもみこころにかなうことを求め、
み旨を行う者となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第7水曜日 (ヨハ17,11b-19)

「わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。」ヨハ17,18-19

イエス・キリストは、私たちに真理を教えてくださいました。それは、父である神についての真理であり、人間についての真理でもあります。

私たちは、この真理を受け入れ、それを自分の考え方や生き方に合わせるのではなく、自分の考え方や生き方をこの真理に合わせることによって、自分自身を父である神にささげながら、神との完全な一致に向かって生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたの教会を顧みてください。
聖霊によって集められたわたしたちが、
心と思いを一つにして
あたなたに仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

5月31日 聖母の訪問 (ルカ1,39-56)

「マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。『あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。』」ルカ1,41-43

マリアは挨拶をするだけで、エリサベトが聖霊に満たされたところを見ると、マリアが神の子を受け入れたことによって、マリアの生き方は表面的には変わらなくても、その行いの結果が変わったということが分かります。すなわち、神の命をいただいたマリアは、何も特別なことをしなくても、この命を他の人に伝えることができるようになったということなのです。

永遠の父よ、
あなたのひとり子を宿したおとめマリアは
聖霊に導かれてエリザベトを訪れました。
わたしたちも聖霊のすすめに従い、
聖母とともに、いつも賛美の歌を歌うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第7火曜日 (ヨハ17,1-11a)

「あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」ヨハ17,2-3

   神の御ひとり子は、すべての人々に永遠の命を与えるために、つまり、私たち一人ひとりを父である神と繋げて一致に導くために、自ら人間になり、その人間性によって私たち一人ひとりと繋がってくださったのです。

私たちは、使徒たちのように愛と信仰によってイエスと結ばれ、イエスの言葉に従って生きることによって、イエスとの絆をますます深め、イエスと一体になって、永遠の命にあずかることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたの霊を送ってください。
わたしたちが、そのふさわしい住まいとなり、
平和と喜びに満たされますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

5月29日 復活節第7月曜日 (ヨハ16,29-33)

「だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」ヨハ16,32-33

   私たちは、多くの場合、神の御臨在を感じなくなるときや、思い通りにならないときや苦しい目に逢うときに、神に見捨てられているとか、神に忘れられているとか、神が私たちを助けてくださらないなどのように感じて、不安になりがちなのではないかと思います。そして、そうなると神の導きに忠実に従うことができなくなるのです。イエスは、どんなときでも、父である神が一緒にいてくださり、必ず助けてくださると確信していたからこそ、与えられた使命を完全に果たすことができたのです。

私たちは、いつも一緒にいてくださると約束してくださったイエスに信頼して、どんな状態においても、イエスを頼りにして、イエスの勝利にあずかることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
聖霊をわたしたちの上に注いでください。
日々の生活の中で、
いつもみ旨を行うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6土曜日 (ヨハ16,23b-28)

「あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」ヨハ16,23-24

   イエスの名は、魔法の言葉ではありません。つまりイエスの名を唱えるだけで、すべての願いがかなえられるとか、欲しいものを何でも手に入れることができるわけではありません。イエスの名によって祈るとは、イエスが父である神と心を一つにして祈ったように、イエスと心を一つにして祈ることなのです。

私たちは、父である神が私たちのすべての真の必要性を満たしたいと望んでおられることをますます強く信じ、神に信頼することによって、神が私たちの中で、また、私たちを通してますます自由に働き、私たちに関するご自分の計画を実現することができますように祈りましょう。

いのちの源である神よ、
わたしたちがよい業に励み、
み旨を行うよう導いてください。
いつもよりよいものを目指して進み、
主の死と復活の神秘を生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

5月28日 主の昇天A年 (マタ28,16-20)

「イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」マタ28,18-20

イエスは、父である神から一切の権能、すなわち神ご自身の権力を与えられたと言われましたが、この権力とは、どのようなものなのでしょうか。

この世において、神の望みに適わないことが沢山起こっていますので、神は残酷な悪に対して無力であるような印象を受けることがあっても、不思議ではないでしょう。けれども、神の支配はそのような印象を与えることがあっても、実際に、父である神がこの世の真の支配者であり、神には創造のわざを最初から求めていた目的に導く力があるのです。

神が無力であるように見えるのは、神の支配の仕方が、私たちが自分の経験から知っている支配の仕方と全く異なっているからです。この世の支配者と違って、神は一人ひとりの人間の自由意志を尊重しておられるがゆえに、神がご自分の意志を実行するために、絶対に暴力を用いることがありません。神が用いる唯一の力というのは、忍耐強くて、誠実な愛なのです。神はこの愛によって人間をご自分のもとに引き寄せ、この愛によって人と、死よりも強い絆を結び、この愛によって人と永遠に一致しておられるのです。

残念ながら、神の愛が無力で、何も役に立たないと思っている人々は、この愛に応えず、神を無視したり、神に逆らったり、神を攻撃したりします。神は、愛しておられる人間のこのような振る舞いによって、傷付けられ苦しみますが、決してこの苦しみに左右されることがありません。人が神に逆らったりすることによって神を苦しめても、神はこの人を愛し続けるし、この人のために善を行い続けます。神はご自分に、より大きな苦しみを与えた人に、より大きな愛を注ぎます。人間の振る舞いしか変えることのできない暴力と違って、神の愛には人間の心を変える力、人間をキリストの姿に変える力があるのです。

さて、イエス・キリストを自分の主として認めている私たちが、イエスの導きに従い、イエスと同じように愛に生きることによって、神ご自身の愛を証しし、神の支配を広めることができますように祈りましょう。

 全能の神よ、
あなたは御ひとり子イエスを、
苦しみと死を通して栄光に高め、
新しい天と地を開いてくださいました。
主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています。
キリストに結ばれるわたしたちをあなたのもとに導き、
ともに永遠のいのちに入らせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6金曜日 (ヨハ16,20-23a)

「ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」ヨハ16,22

成長するためには、慣れてきた考え方や生き方を手放す必要があります。また、場合によっては慣れてきた環境を離れる必要もあります。同時に、慣れていない考え方や生き方を身に着けたり、慣れていないところに進んで赴いたりする必要があります。ですから、成長には、必ず悲しみや不安などのような苦しみが伴うわけです。

私たちはイエスに信頼して、イエスの導きに従って、必要に応じて慣れてきた道を離れて、慣れていない道を歩むことによって、心の中で何よりも強く求めている目的に、到達することができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
御ひとり子の奉献によって約束された世界の救いを、
福音宣教を通して実現させてください。
キリストのことばを受け入れて、
すべての人が神の子どもとなりますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第29土曜日 (ルカ13,1-9)

「イエスはお答えになった。『そのガリラヤ人たちがそのような災難に遭ったのは、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い者だったからだと思うのか。決してそうではない。言っておくが、あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。』」ルカ13,2-3

殆どの人は子どもの時から、権力者、例えば両親とか、先生や上長、また、支配者たちの言うことを聞かないと、罰せられるというような体験をしているのではないかと思います。おそらくそのために、非常に多くの人は、神が他の権力者と同じように、ご自分の言葉に聞き従わない人を罰すると思うのでしょうが、そんなことはありません。

神はいつも、すべての人々に正しい道、つまり愛と命へと導く道を示し、この道にすべての人を招いてくださいます。神の導きと招きを無視するのは、死へと導く不正の道を選ぶことになりますので、このような選択をした人は、回心しなければ、つまり最後までこの道を歩むならば、滅びるわけです。けれども、その結末は罰ではなく、選択の結果なのです。

滅びへと導く不正の道を歩んでいる人々が、なるべく早く自分の選択の結果を自覚して、愛と命へと導く正しい道を歩むようになりますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたの支配に逆らう悪の力を滅ぼしてください。
罪から解放されたわたしたちがあなたの国を待ち望み、
正義を行う者となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第6木曜日 (ヨハ16,16-20)

「はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。」ヨハ16,20

人間が誰かを愛するようになると、相手の苦しみが自分の苦しみになります。また、この人と一緒にいることができないとか、話をすることができないというようなことも苦しみをもたらします。このような、愛に伴う苦しみを避けるために、愛そのものを諦める人が大勢いるようですが、苦しみの中にも愛にとどまる人の愛だけが完成されるのです。

愛によってイエスと結ばれた私たちは、どんな状況においてもこの愛に忠実に生きることができますように。そして、私たちの愛が完成され、この世が知らない喜びの内に、イエスと共に永遠に生きることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
救いの恵みにあずかったあなたの民を顧みてください。
主の復活を喜び、
いつも感謝のうちに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。