復活節第3月曜日 (ヨハ6,22-29)

「イエスは答えて言われた。『はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。』」ヨハ 6,26-27

イエスを探し求めること、イエスに近づこうとすることは、何よりも大事ですが、私たちは、間違った動機、例えば、自分の野心を実現するためとか、自分の欲望を満たすためというような間違った動機、つまり、イエスが私たちに与えたいものと違うものを求めてイエスに従うならば、必ず失望します。言い換えれば、間違った動機を持っているならば、イエスに一生懸命に従おうとしても、自分の望みを満たせず、求めた幸福を得ることができないだけではなく、私たちの努力は、逆の効果を生み出す恐れもあるのです。

いつもイエスを探し求めている私たちが、イエスが私たちに与えたい賜物の素晴らしさとその必要性を知ることによって、自分たちの野心や欲望から解放されて、イエスが私たちに与えたいと思われるものを求めるようになり、実際にこの賜物を受け入れることができますように祈りましょう。

神よ、あなたは、
わたしたちがまことの道を歩むように真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2土曜日 (ヨハ6,16-21)

 「(弟子たちは)二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。イエスは言われた。『わたしだ。恐れることはない。』そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。」ヨハ6,19-21

  弟子たちは、自分の無力さとイエスの力を知って、イエスの力を頼りにしている時だけ、与えられた使命を果たすことができると分かっていても、イエスの姿が見えなくなったら、再び自分の力にだけ頼ることに戻ってしまいました。けれども、イエスが湖の上を歩いて、弟子たちの船に乗ってから、船はすぐに目的地に着いたという体験をとおして弟子たちが学んだのは、イエスの姿が見えなくても、イエスがいつも一緒にいてくださり、いつも支えてくださっているということでした。

私たちはどんなときも、イエスを自分の人生の船に迎え入れ、いつもイエスの力を頼りにすることによって、安心しながら人生の旅を進め、目的地に着くことができますように祈りましょう。

いつくしみ深い父よ、
あなたは、ひとり子を通してわたしたちをあがない、
神の子どもとしてくださいました。
 あなたの愛を受けた民が御子キリストに従い、
まことの自由と喜びに導かれますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

4月30日 復活節第3主日A年 (ルカ24,13-35)

「そこで、イエスは言われた。『ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。』そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、ご自分について書かれていることを説明された。」ルカ24,25-27

救いの決定的な出来事が起こったエルサレムからエマオに逃げていた弟子たちは、人類の歴史において最も偉大な出来事、すなわちキリストが救いのわざを成し遂げておられたことを体験しても、何も分からなかったし、その出来事の偉大さを少しも感じることなく、彼らの心は恐れと絶望感に満たされていたのです。

彼らが神の賜物であったこの素晴らしい体験を全く無駄にしてしまったのは、この出来事をモーセと預言者、つまり神の言葉に基づいて理解する代わりに、自分たちの勝手な期待や想像、また、手前勝手な考えに基づいて理解しようとしていたからです。その彼らは、神の言葉に基づくイエスの説明を聞いたときに心が燃え始め、イエスと共に食事をしたことによって、自分たちの人生の中で体験した神の働きを初めて理解することができました。それゆえに、彼らは絶望感と恐れから解放されて、大きな喜びと勇気で満たされたのです。

私たちは、感謝の祭儀の中で神の言葉を聞き、イエスと食卓を囲みますので、ミサに参加することによって、この弟子たちと同じような体験をすることができます。私たちは、いつもイエスと共に歩みながら、神の言葉に耳を傾け、イエスの教えに基づいて自分たちの体験や世界で起こっている様々な出来事を理解することによって、いろいろな不安や患いから解放され、いつも大きな喜びと希望で満たされますように祈りましょう。

すべてを導かれる神よ、
教会は新しい民を迎えて若返り、
喜びに満たされています。
あなたの子どもとなる恵みを受けたわたしたちが、
感謝のうちに救いの完成を待ち望むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2金曜日 (ヨハ6,1-15)

「イエスは目を上げ、大勢の群衆がご自分の方へ来るのを見て、フィリポに、『この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか』と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、ご自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、『めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう』と答えた。」ヨハ6,5-7

イエスが私たちに、私たちの力だけでは実現できないような使命を与えてくださるのは、決して私たちをいじめるためとか、私たちを辱めるためではありません。それは、私たちが自分の無力を認識した上で、自分勝手な行動をとるのではなく、イエスの力を頼りにし、イエスご自身の働きにあずかるようになるためなのです。

私たちは、与えられた使命をイエスの望みに合わせて果たすことによって、イエスの救いの働きにあずかり、イエスとの絆を強め、イエスとの完全な一致に近づくことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
 あなたは、ひとり子の十字架の死によって、
わたしたちを悪の支配から救い出してくださいました。
キリストに従う者が、
復活の恵みにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2木曜日 (ヨハ3,31-36)

「上から来られる方は、すべてのものの上におられる。地から出る者は地に属し、地に属する者として語る。天から来られる方は、すべてのものの上におられる。この方は、見たこと、聞いたことを証しされるが、だれもその証しを受け入れない。その証しを受け入れる者は、神が真実であることを確認したことになる。」ヨハ3,31-33

この地上の現実しか体験していない私たちにとって、天から来られて、神の言葉を語るイエスの教えを理解することは難しいでしょう。また、この地上に留まりながら、神の心に適う生き方、つまり、天上の生き方へのイエスの招きを受けイエスに従うことは、もっと難しいでしょう。けれども、それはたとえ難しくても、聖霊の働きによって可能であることを忘れてはいけないのです。

私たちは聖霊を信頼し、聖霊の働きを受け入れることによって、イエスの教えをますます深く理解することができますように。そして、この地上の生き方に執着している「古い人」を脱ぎ捨てながら、天上の生き方を求めている「新しい人」を身に付け、一層忠実にイエスに従って生きることができますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
復活節の典礼にあずかるわたしたちが、
その恵みを豊かに受け、
信仰の喜びに生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

年間第12木曜日 (マタ7,21-29)

「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」マタ7,21

正しい道、つまり、自分が目指す目的に導く道を知ることは、大事ですが、それだけでは十分ではありません。目指している目的に到達するために、この道を眺めるだけではなく、やはり、現在いるところを離れて、この道を歩まなければならないのです。

私たちは、父である神のもとへ導く道を示してくださるイエス・キリストの教えを実行し、イエスの模範に倣って生きることによって、父である神の「家」に着くことができますに祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
司教聖イレネオは正しい教えを伝え、
教会の一致を守るためにいのちをささげました。
聖人の取り次ぎを求めるわたしたちが信仰と愛に強められ、
平和と一致のために尽くすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

全能永遠の、神である父よ、
わたしたちの行いが、
いつもみ旨にかなうよう導いてください。
御子キリストのうちにあって、
豊かな実りを結ぶことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

復活節第2水曜日 (ヨハ3,16-21)

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」ヨハ 3,16

  イエス・キリストを信じるとは、イエスがキリスト、つまり神に遣わされた救い主であると認めることだけではなく、キリストに信頼して、聞き従うことでもあるのです。私たちは、キリストのことを正しく理解することによってではなく、キリストに従うことによってだけ、つまりキリストと共に、キリストのように生きることによってだけ、永遠の命の源である神に近づくことができます。

イエス・キリストを信じる私たちは、自分の弱さや不注意のゆえに倒れても、キリストが示した道から逸れても、何よりも私たちの救いを求めるキリストのいつくしみ深い愛を思い起こし、恐れずにキリストのもとに戻り、和解し、父である神への道を歩み続けることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
わたしたちは年ごとに主の過越を記念し、
復活の希望に満たされます。
信仰をもって祝うこの神秘を、
日々生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

 

年間第11土曜日 (マタ6,24-34)

「だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」マタ6,31-32

   イエス・キリストは、あらゆる被造物の中で、あらゆる出来事において、父である神の愛のわざを見出すことができましたので、神の愛の中に生きることと、この愛について、確信を持って力強く語ることができたのです。

私たちもイエスと同じように、自分の周りにも自分の人生の中にも、神の臨在と神のいつくしみ深い働きを見出すことによって、神に対する私たちの信頼が深まり、自分の現在と未来を父である神にゆだねて、安心して神の愛に生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
わたしたちは、聖霊によってあなたの子どもとしていただきました。
あなたを父と呼ぶわたしたちを、
約束された永遠のいのちに導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

年間第11金曜日 (マタ6,19-23)

「富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」マタ6,20-21

   多くの人々は、自分の宝としているものを守ろうとして、他の人と争ったり、他の人を滅ぼしたりして、かえって最終的に自分たちの滅びを招いているのです。けれども、父である神との愛の絆を、ご自分の最高の宝としていたイエスは、いろいろな人に攻撃されても、皆と神の愛を分かち合うことによって、すべての人を生かそうとしていましたし、それはまた自分自身の完成に向かって歩んでいることでもあったのです。

私たちは、イエスに倣って、父である神の愛を自分の最高の富にすることによって、あらゆる状況において他の人を生かし、自分たちも生かされますように祈りましょう。

万物を治められる神よ、
世界の歩みを力強く導いてください。
現代に生きる教会が人々に仕え、
平和のために尽くすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

4月25日 聖マルコ福音記者 (マコ6,15-20)

「弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。」マコ16,20

聖マルコは、イエス・キリストを信じたがゆえに差別や迫害されたり、あるいは財産だけではなく命まで奪われたりした仲間のキリスト者を励まし、力付けるために書き記した福音書の中で、小さい悪をとおしても、イエス・キリストの受難と十字架上の死のような最大の悪をとおしても、働くことができる神の力、また、あらゆる苦しみとあらゆる悪から善を引出すこともできる神の力を示して、この力と愛のためにこそ、神は悪魔や人間から反対されればされるほど、ご自分の救いの計画をますます素晴らしく実現することができることを教えてくださいました。

私たちは、聖マルコの証しと教えを受け入れること、何よりも聖マルコが描いている力強い神の働きを、自分の人生の中で見出すことができますように。そして、神ご自身の愛と力を信頼して、どんな状況においてもイエス・キリストに忠実に従い、与えられた使命を果たすことができますように祈りましょう。

すべての人の救いを望まれる神よ、
あなたは福音宣教のために聖マルコを選び
救いの訪れを書き記す恵みをお与えになりました。
聖人の祝日を祝う私たちが、
福音の光に照らされて、
キリストに忠実に従うことができますように
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。