1月6日 降誕節 (マコ1,7-11)

「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のようにご自分に降って来るのを、御覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」マコ1,9-11

自分が神の子であることは、イエスの最も深いアイデンティティになっていましたので、その身分に相応しい生き方、つまり神の心に適う生き方をし、神の愛と神の命を全世界にもたらすことが、イエスにはできたのです。

洗礼を受けた私たちは神の子どもであるわけですので、この身分をますます深く自覚し、神の子どもであるという事実が私たちの最も深いアイデンティティになりますように。そして、父である神の心に適う生き方をすることによって、イエスと同じように神の心に適う神の子になることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたは、ひとり子の誕生によって
世に新しい光を注いでくださいました。
おとめマリアからお生まれになった救い主に結ばれて、
わたしたちもあなたの国の栄光に
あずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

1月7日 主の公現 (マタ2,1-12)

「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。』」マタ2,1-2

福音書には、ベツレヘムで生まれたイエスを拝みに来た羊飼いたちと三人の博士について書いてあります。羊飼いたちと学者たちとの間にはいろいろな違いが沢山あるでしょうが、少なくとも一つの共通点があると思います。それは何かというと、謙遜なのです。

おそらく羊飼いたちは、自分の仕事しか知らないほど素朴な人でしたから、幼い子どもたちが両親の言葉を信じるように、素直に天使たちから伝えられた知らせを受け入れました。博士たちは、当時の学者でしたので、本当の学者らしく、勉強すればするほど自分の限界を良く意識して、ますます謙遜になっていたので、神の導きに従うことができ、自分の理解力を超えるものであっても、幼子において啓示された真理を受け入れることができたのです。

現在は、教育の発展の結果、素朴な羊飼いのレベルを超えている人が大勢いますが、博士たちのレベルに届く人は、それほど多くないようです。少しだけ学んで、もうすでにすべてを知っていると思い込むがゆえに、子どもの素直な心を失い、それでいてなお学者の知恵を得ていない人たちは、自分の限界を認めることなく、自分たちを超えるものを受け入れることができないのです。恐らくそのため、現代の多くの人々は、人間の知恵をはるかに超える神によって啓示された真理に対して心を閉ざし、表面的には賢そうでも、実際は偽りのもので満足しようとしているのではないでしょうか。

すべての民の光である父よ、
あなたはこの日、星の導きによって
御ひとり子を諸国の民に示されました。
信仰の光によって歩むわたしたちを、
あなたの顔を仰ぎ見る日まで導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

1月5日 降誕節 (ヨハ1,43-51)

「フィリポはナタナエルに出会って言った。『わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。』するとナタナエルが、『ナザレから何か良いものが出るだろうか』と言ったので、フィリポは、『来て、見なさい』と言った。」ヨハ1,45-46

メシアがナザレから出るはずがないと思ったナタナエルは、自分の疑問を乗り越えて、行ってみて、イエスと直接に出会ってから、イエスが約束されたメシアであることを知ったのです。

私たちはナタナエルのように、必要に応じて、自分の考え方や期待、さらに生き方まで変える覚悟の、開かれた心を持って、いろいろな出来事においてイエス・キリストと出会い、イエスをますます深く知り、ますます強く愛するようになることによって、イエスと同じ姿に変えられますように祈りましょう。

神よ、光を注ぎ、御子の栄光の輝きで、
信じる民の心を照らしてください。
救い主を信じ、
そのいのちにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

1月4日 降誕節 (ヨハ1,35-42)

「イエスは、『来なさい。そうすれば分かる』と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。」ヨハ1,39

福音記者聖ヨハネは、福音書の全体に書き記したように、イエスに従ってから、イエスが神によって遣わされた方で、いつも父である神との一致に留まり、父である神と一つになっておられるがゆえに、いつも神の言葉を語り、神のわざを行っておられることが分かりましたので、イエスを信じて、イエスの愛に留まるようになったのです。

私たちも、ヨハネとアンデレのようにイエスに従うことによって、ますます深くイエスと結ばれて、いつもイエスの愛に留まることによって、多くの人々をイエスのもとに導くことができますように祈りましょう。

すべてを治められる父よ、
あなたは、ひとり子の誕生によって
救いの時を始めてくださいました。
あなたの民が信仰に固くとどまり、
約束された栄光の国に入ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

1月3日 降誕節  (ヨハ1,29-34)

「わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」ヨハ1,33-34

洗礼者ヨハネがイエスこそ救い主であると分かったのは、神の言葉を聞いて、メシアの到来にどんなしるしが伴うかを知っていたからです。

私たちは、神の言葉である聖書を読み、祈りの中で神の言葉に耳を傾けることによって、イエス・キリストをますますよく知ることができますように。そして、いつも私たちとともにおられるイエスを見出して、イエスを受け入れることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
御ひとり子は、
まことの光として世の救いのために来られました。
この救いの光が、
いつも新しくわたしたちの心に注がれますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

1月2日 聖バジリオ 聖グレゴリオ(ナジアンス)教会博士 (ヨハ1,19-28)

「ヨハネは答えた。『わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。』」ヨハ1,26

洗礼者ヨハネは多くの人に尊敬されていましたが、自分自身には人を救う力がない、また、自分の使命は人を救うことではなく、人を救い主のもとに導くことであるということが分かっていたのです。

私たちは、洗礼者ヨハネ、また、今日祝う聖バジリオ、聖グレゴリオと多くの聖人に倣って、イエスの愛に生き、出会う人々にイエスを現し、彼らをイエスのもとに導くことによって、この人たちのために最善のことを行うことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたは聖バジリオとグレゴリオの模範と教えによって、
教会に光を与えてくださいました。
聖人を記念するわたしたちが謙虚に永遠の真理を学び、
信仰と愛をもって、
日々その光のうちに歩むことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

1月1日 神の母聖マリア (ルカ2,16-21)

「天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、『さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか』と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。」ルカ2,15-16

お正月を迎えて、これから始まろうとしている新しい年は、過ぎ去った年よりも、良い年になるはずだという希望を抱いている人が大勢いるようです。この希望が新年を迎える挨拶の中でよく表されています。けれども、今までの体験からよく分かるはずのことですが、何か良いものを手に入れるために、また、他の人に善を与えるために、それを願望するだけでは十分ではないのです。

マリアは完全に神を信頼していて、神に自分自身をゆだねました。神に忠実で、従順であったがゆえに全世界の救い主の母、神の子の母となりました。それによってマリアは、自分の最も深い望みを実現したとともに、すべての人々に神の子イエスという最善の贈り物を与えることができたのです。

私たちが神の愛を知るようになって、マリアのようにこの愛に愛を以て応えるならば、最高の善である神の愛にあずかるようになります。同時に、私たち自身が、他の人のために神の命の泉になります。それによって、私たちが新年を迎える挨拶の中で表している希望や願望が、本当に実現されるのです。良い一年となりますようにお祈りいたします。

いのちの源である神よ、
あなたはおとめマリアを御子の母として選び、
救い主を人類に与えてくださいました。
聖母を通して御子キリストを迎えるわたしたちに、
救いの喜びを味わわせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

12月30日 主の降誕第6日 (ルカ2,36-40)

 「そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。」ルカ2,38

愛に生きるためには、例外なくすべての人々が、彼らを罪と他の束縛から解放してくださる救い主を必要としていますが、救い主がすでに来てくださっても、それを知らないがゆえに、救い主を受け入れない人々がまだまだ非常に大勢いるようです。

イエス・キリストこそが、約束された救い主であることを信じた私たちは、イエス・キリストが成し遂げてくださった救いにあずかることによって、愛に生きることができますように。そして、救いの恵みの素晴らしさを証しすることによって、多くの人々をイエス・キリストのもとに導くことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
罪に縛られ、その重荷を担うわたしたちを顧み、
人となられた御ひとり子によって解放してください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月29日 主の降誕第5日 (ルカ2,22-35)

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、/あなたの民イスラエルの誉れです。」ルカ2,29-31

世の光としてこの世に生まれてきた神の子は、神に象って、神に似せて創造された人間の尊さを示してくださったと同時に、罪によって醜くなった人間の心をも照らしてくださっています。

たとえ自分の罪、自分の醜いところを知ることが苦しくても、イエスの光のもとに留まることができますように。そして、イエス・キリストによって、罪から解放されて、神の愛と命にあずかり、神の子どもとして生きることができますように祈りましょう。

万物の造り主である神よ、
あなたはキリストの光によって世のやみを退け、
いつくしみを注いでくださいます。
御子の誕生の神秘を、清い心で賛美することができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月28日 幼子殉教者 (マタ2,13-18)

「さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。」マタ2,16

自分の権力を守るために無力な幼子を殺すことは、人間の仕業と言うよりも、悪魔の仕業と言えるのではないかと思います。現在においても、ヘロデのような悪魔の使いたちは、自分の権力や富のためにいろいろな不正を行うことによって、無数の人たちを犠牲にしたり殺したりしていますので、このような悪が世界を支配しているように見えるかもしれません。けれども、自分の利益しか求めていない人々の被害者になったイエス・キリストが、ご自分の苦しみと死を愛のいけにえに変えたことによって、すべての人々を罪と悪の支配から解放してくださったのです。

イエス・キリストが成し遂げてくださった救いの恵みを感謝しながら、私たちも自分の利益のために他の人を利用したり、犠牲にしたりするのではなく、他の人の善のために力を尽くし、必要に応じて自分を犠牲にすることによって、悪に打ち勝ち、救いにあずかることができますように祈りましょう。

すべてを導かれる神よ、
きょう記念する幼子殉教者は、
死によって信仰の賛歌をささげました。
わたしたちもことばだけでなく、
日々の行いの中に信仰をあらわすことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。