神のお告げ (ルカ1,26-38)

「マリアは言った。『わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。』そこで、天使は去って行った。」ルカ1,38

神は人間を、愛によってご自分と結ばれて、ご自分の神性にあずかり、ご自分と一体となるために、ご自分に象って創造してくださいました。神の善意を疑って、神から離れた人間を救うために、つまり、創造主である神が人間のために初めに定めた目的に到達することが再び可能となるために、神はイエス・キリストにおいて人間性を受けて、御自ら人間になってくださったのです。

ますます多くの人々が、聖母マリアのように神に信頼を寄せて、神の導きに従うことによって自分自身を神に奉献し、神との完全な一致に向かって生きることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
みことばは人となり乙女マリアからお生まれになりました。
救い主イエス・キリストが
人となられた神であることを信じるわたしたちが、
神のいのちにあずかることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

3月19日 聖ヨセフ (マタ1,16.18-21.24a)

「ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。」マタ1,24-25

神に信頼されて、神の御ひとり子とその母マリアを保護するという特別な使命を与えられたヨセフは、直面していた問題を神に解決してもらうようにしていたのではなく、まず自分の知恵と力を尽くして、正しくて最善と思った方法で、この問題を解決しようとしました。けれども、彼は神に向かって絶えず心を開いていましたので、神の導きを見出したら、自分の考えも自分の計画も諦めて、この導きに従ったのです。

私たちは聖ヨセフに倣って、もうすでにいだたいている知恵と力を尽くしながらも、自分の考えや計画ではなく、神の導きと神の計画を優先して、与えられた使命を全うすることによって、多くの人々に神ご自身の愛と命を伝えることができますように祈りましょう。

1月8日 主の洗礼B年 (マコ1,7-11)

「わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」マコ1,8

洗礼者ヨハネから洗礼を受けていた人は、まず自分の罪を告白し、回心を表明してから、水に浸されました。それは一種の「清めの儀式」であって、人の霊的な現実を変えることのできるようなものではありませんでした。洗礼者ヨハネはそれをはっきりと意識していましたので、自分より後に来られる方が、水だけではなく「聖霊で洗礼をお授けになる」(マコ1,8)と語ったわけです。

水による洗礼と違って聖霊による洗礼は、人間の霊的な現実を全く変えてしまうものなのです。父と子と聖霊の御名によって洗礼を授けることは、受洗者を水に浸すのではなく、三位一体の神の命に「浸す」ということ、すなわち、この人を神に奉献するということなのです。イエスが十字架上でご自分自身を父である神に奉献されたことによって、すべての人々を罪の奴隷状態からあがなってくださいましたので、今洗礼を受ける人は、神の霊、すなわち、神の命に満たされて、神の子どもになります。聖パウロが言うように、この人は「もはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり」(エフェ 2,19)ます。

私たちは、洗礼を受けることによって、確かに愛されている神の子どもになりましたが、必ずしも神の心に適う子になっているとは限りません。神の心に適う子、つまり愛されているだけではなく愛している子になるために、洗礼の時に与えられた聖霊の導きに従って生きる必要があるのです。

聖霊の導きに従って生きることは、自分の成長のために必要ですが、それだけではなく、洗礼の時に与えられた使命、つまり神の国を証しし、福音を宣べ伝えるという使命を、果たすためにも必要なのです。

1月1日 神の母聖マリア (ルカ2,16-21)

「天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、『さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか』と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。」ルカ2,15-16

お正月を迎えて、これから始まろうとしている新しい年は、過ぎ去った年よりも、良い年になるはずだという希望を抱いている人が大勢いるようです。この希望が新年を迎える挨拶の中でよく表されています。けれども、今までの体験からよく分かるはずのことですが、何か良いものを手に入れるために、また、他の人に善を与えるために、それを願望するだけでは十分ではないのです。

マリアは完全に神を信頼していて、神に自分自身をゆだねました。神に忠実で、従順であったがゆえに全世界の救い主の母、神の子の母となりました。それによってマリアは、自分の最も深い望みを実現したとともに、すべての人々に神の子イエスという最善の贈り物を与えることができたのです。

私たちが神の愛を知るようになって、マリアのようにこの愛に愛を以て応えるならば、最高の善である神の愛にあずかるようになります。同時に、私たち自身が、他の人のために神の命の泉になります。それによって、私たちが新年を迎える挨拶の中で表している希望や願望が、本当に実現されるのです。良い一年となりますようにお祈りいたします。

いのちの源である神よ、
あなたはおとめマリアを御子の母として選び、
救い主を人類に与えてくださいました。
聖母を通して御子キリストを迎えるわたしたちに、
救いの喜びを味わわせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

12月27日 聖ヨハネ使徒福音記者 (ヨハ20,2-8)

「続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。」ヨハ 20,6-8

福音書において「イエスが愛しておられた弟子」として自分を表す聖ヨハネは、恐らく、誰よりも強くイエスを愛するようになったがゆえに、御言葉の愛の神秘を誰よりも深く知るようになって、この神秘を、書き記した福音書を通して私たちに伝えたのです。

私たちは、福音書を読むことによって、生きておられる御言葉であるイエス・キリストと接し、ますます深く彼を知ることができますように。そして、聖ヨハネのように主イエスを愛するようになり、神の命にあふれるほど満たされ、この命を伝えることによって他の人を生かすことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたは使徒ヨハネを通して、
わたしたちにみことばの神秘を現してくださいました。
この使徒が伝える教えを正しく理解する力をお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月26日 聖ステファノ殉教者 (マタ10,17-22)

「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」マタ10,22

大きな喜びに満ちた降誕祭の次の日に、最初の殉教者である聖ステファノの殉教を記念します。この記念は、クリスマスの雰囲気を壊すと思う人がいるかもしれませんが、神の子はどのような現実の中で生まれてきたかということを表すことによって、私たちを救うためにご自分の命を失う覚悟さえ持っていたイエスの愛の深さ、そして、その愛の偉大さと力強さを表しているのです。

私たちは、聖ステファノの模範に倣って、イエスの愛を受け入れ、この愛によってあらゆる恐れから解放されて、愛に楽しみが伴うときだけではなく、苦しみが伴うときにも、この愛に忠実に生きることができますように祈りましょう。

永遠の愛である神よ、
迫害する者のために
ゆるしを求めた聖ステファノを記念して祈ります。
聖人の模範にならうわたしたちに、
敵をも愛する恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月8日 無原罪の聖マリア (ルカ1,26-38)

「マリアは言った。『わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。』そこで、天使は去って行った。」ルカ1,38

マリアは、神から与えられた使命をより忠実に果たすために、神の言葉、神の導きを理解しようとしましたが、理解することができなくても、神に信頼して、神のみ旨と同時に神の働きをも受け入れていたのです。このように、マリアはいつも心を開いていて、いつも神と繋がっていましたので、神はマリアの人生において自由に働くことができて、マリアを通してこの世界に、ご自分の御ひとり子と共にご自分の愛と命を与えてくださったのです。

私たちはマリアに倣って、また、マリアの模範と取り次ぎの祈りに支えられて、いつも心を開いて神の導きに従い、神の言葉を実行することによって、神の愛と命をますます豊かに受け入れ、それを他の人に伝えることができますように祈りましょう。

救いの源である父よ、
あなたは、おとめマリアを御子のふさわしい母とするために、
初めから罪の汚れのないものとしてくださいました。
聖マリアの取り次ぎを求めて祈ります。
御子の十字架の恵みによって、聖マリアがすべての汚れを免れたように、
私も清いものとなり、あなたのもとに近づくことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

 

11月30日 聖アンデレ使徒 (マタ4,18-22)

「イエスは、『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。」マタ4,19-20

父である神は、すべての人々を愛の絆で結び、一つに集めたいと求めておられ、そのために常にご自分で働き、また人々の協力をも求めておられるのです。

ますます多くの人々が、今日記念する聖アンデレのようには、すべてを捨てて、福音宣教のために全生涯をささげるように招かれていなくても、それぞれの生きている場で、いつもイエスの教えを守り、聖霊の導きに従って、神の愛を証しすることによって、イエスと共に神の望みに応えて人々を集めることができますように祈りましょう。

すべてを治められる神よ、
みことばを宣教し、教会を導くために、
あなたは聖アンデレを選び、使徒とされました。
聖人の殉教を記念して祈るわたしたちに、
あなたの国のあかしとなる恵みをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

 

11月9日 ラテラン教会の献堂 (ヨハ2,13-22)

「イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。『このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。』弟子たちは、『あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす』と書いてあるのを思い出した。」ヨハ2,15-17

エルサレムの神殿は、人間の象徴です。一人ひとりの人は神にかたどって、神の似姿として創造されました。神は一人ひとりの人を通して、ご自分の栄光を表し、全世界に神聖な命を注ぎたいと望んでおられます。そのために、神の望みに沿って生きている人は、他の人に命を伝える仲介者となっているわけです。

残念ながら、多くの人々が、エルサレムの祭司たちと同じように、神から与えられた能力を本来の目的のために用いる代わりに、また、神の望みに沿って他人を助け、生かす代わりに、ただ自分自身だけを生かそうとして用いるがゆえに、他人に苦しみや死をもたらすことになっているのです。

私たちが本来の姿に戻るように、エルサレムの神殿を清めたイエスは、私たち一人ひとりを清めたいと望んでおられるのです。しかし、私たちを清めるには神殿の場合と違って、自由意志の持ち主である私たちの承諾なしには、全能者である方さえも無力なのです。

ますます多くの人が、心を開き、キリストの働きによって清められて、神の命がますます豊かに全世界に注がれますように祈りましょう。

いつくしみ深い神よ、
あなたは年ごとに、
ラテラン教会の献堂を記念させてくださいます。
あなたの家でいつも清いいけにえがささげられ、
豊かな救いの恵みが与えられますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

11月2日 死者の日 (ヨハ6,37-40)

「わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」ヨハ6,40

いつくしみ深い父である神は、すべての人々を愛し、すべての人々の救いを求めておられるがゆえに、御ひとり子をこの世に遣わし、イエス・キリストの死と復活によって、罪の結果である死に打ち勝ち、私たちが神の命にあずかり、神との愛の交わりのうちに永遠に生きる可能性を作ってくださいました。そして、今、この恵みを受けるようにとすべての人を招いておられるのです。

今日、死者の日に当たり、亡くなられた方々が、神のいつくしみを受け、この世に生きている間に犯したすべての罪から清められ、父である神が準備してくださった救いにあずかることができますように祈りましょう。

恵み豊かな神よ、
復活された御子キリストに従うわたしたちの信仰を強め、
死者の復活を待つわたしたちの希望を不動のものとしてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。