5月28日 主の昇天A年 (マタ28,16-20)

「イエスは、近寄って来て言われた。『わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。』」マタ28,18-20

イエスは、父である神から一切の権能、すなわち神ご自身の権力を与えられたと言われましたが、この権力とは、どのようなものなのでしょうか。

この世において、神の望みに適わないことが沢山起こっていますので、神は残酷な悪に対して無力であるような印象を受けることがあっても、不思議ではないでしょう。けれども、神の支配はそのような印象を与えることがあっても、実際に、父である神がこの世の真の支配者であり、神には創造のわざを最初から求めていた目的に導く力があるのです。

神が無力であるように見えるのは、神の支配の仕方が、私たちが自分の経験から知っている支配の仕方と全く異なっているからです。この世の支配者と違って、神は一人ひとりの人間の自由意志を尊重しておられるがゆえに、神がご自分の意志を実行するために、絶対に暴力を用いることがありません。神が用いる唯一の力というのは、忍耐強くて、誠実な愛なのです。神はこの愛によって人間をご自分のもとに引き寄せ、この愛によって人と、死よりも強い絆を結び、この愛によって人と永遠に一致しておられるのです。

残念ながら、神の愛が無力で、何も役に立たないと思っている人々は、この愛に応えず、神を無視したり、神に逆らったり、神を攻撃したりします。神は、愛しておられる人間のこのような振る舞いによって、傷付けられ苦しみますが、決してこの苦しみに左右されることがありません。人が神に逆らったりすることによって神を苦しめても、神はこの人を愛し続けるし、この人のために善を行い続けます。神はご自分に、より大きな苦しみを与えた人に、より大きな愛を注ぎます。人間の振る舞いしか変えることのできない暴力と違って、神の愛には人間の心を変える力、人間をキリストの姿に変える力があるのです。

さて、イエス・キリストを自分の主として認めている私たちが、イエスの導きに従い、イエスと同じように愛に生きることによって、神ご自身の愛を証しし、神の支配を広めることができますように祈りましょう。

 全能の神よ、
あなたは御ひとり子イエスを、
苦しみと死を通して栄光に高め、
新しい天と地を開いてくださいました。
主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています。
キリストに結ばれるわたしたちをあなたのもとに導き、
ともに永遠のいのちに入らせてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

コメントを残す