10月22日 年間第29主日 A年  (マタ22,15-21)

「イエスは言われた。『では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。』」マタ22,21

「皇帝のものは皇帝に…返しなさい」という言葉の意味は割合と理解しやすいものです。支配者に「返す」べきものは、支配者が作成した法律によってはっきりと決められています。国民には、嫌でも決まっている義務を果たすか、義務を果たさずに、同じ法律で定められている刑罰を受けるかという選択しかありません。

聖書には神が与えた掟が書き記されているし、その掟とイエスの教えに基づいて、教会は信者が守るべきことを具体的に決めています。けれども、私たちは 義務的に、場合によって刑罰を恐れて国の法律を守っているような仕方で、神の掟や教会の決まりを守るだけで十分なのでしょうか。それだけで、「神のものを神に返す」ことになるのでしょうか。決してそうではありません。

律法を忠実に守るように努力していたファリサイ派の人たちについて、イエスはこう言われました。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている』」(マコ7,6)、と。心はこの世の支配者や権力者たちから離れていても、彼らが定められた義務さえ果たせば、十分でしょうが、神が何よりも求めておられるのは、私たちの心、つまり私たちの愛なのです。神の掟を守ることは、神に対する愛と信頼の表現であるときだけ、神が喜ぶものになるのです。

イエスは「神のものは神に返しなさい」という言葉を、国民に向けて語っただけではなく、支配者や権力者に向けても語っています。要するに、国民だけではなく、国を治める政治家たちも、神のものを神に返さなければならないということなのです。そのために、支配者たちには神の掟に逆らう権利がありません。もし、彼らが神の掟に逆らうような法律を作成するならば、国民にはそれに従う義務がありません。正しい手段を用いて反対を示してもいいのですが、神の望みに逆らう反乱のような手段を用いる権利はありません。ですから、支配者に従うのではなく、自分の良心に従うことを選ぶ人は、イエスや大勢の殉教者と同じように、神がこの世の支配者の悪よりも力強い方であると信じて、不正な法律が定めている不正な罰を受ける覚悟をする必要があるのです。

喜びの源である父よ、
あなたに感謝をささげるために、
わたしたちはここに集まっています。
キリストの復活を信じるわたしたちが、
日々の仕事を通して神の国のあかしとなることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

10月20日 年間第28金曜日 (ルカ12,1-7)

「イエスは、まず弟子たちに話し始められた。『ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である。』」ルカ12,1

ファリサイ派の人々の一つの大きな問題とは、傲慢でした。彼らは、他の人よりも良く祈り、他の人よりも良く掟を守り、他の人よりもすぐれた人間であると思ったがゆえに、安心して生きていました。けれども、彼らが安心して生きることができたのは、そのような生き方で満足し、それを頼りにしていたことによって、実際には、神から離れていて、滅びに向かっていたことに気が付かなかったためだけなのです。

私たちは、ファリサイ派の人々の間違いを繰り返すことがないように、自分自身の罪や足りないところを認めると同時に、神の愛といつくしみを頼りにすることによって、安心して生きることができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたの恵みは限りなく、
人の思いをはるかに超えて世界の上に注がれます。
わたしたちを罪の重荷から解放し、
まことの自由に導いてください。 
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

10月19日 年間第28木曜日 (ルカ11,47-54)

「神の知恵もこう言っている。『わたしは預言者や使徒たちを遣わすが、人々はその中のある者を殺し、ある者を迫害する。』こうして、天地創造の時から流されたすべての預言者の血について、今の時代の者たちが責任を問われることになる。」ルカ11,49-50

人間は救いへの道、つまり、完全な愛と最高の幸福への道を、知らないにもかかわらず、神がその道を示すために預言者を遣わしても、預言者の言葉に従う代わりに、それを無視したり、預言者を殺したりしました。それだけではなく、神の御ひとり子さえも、預言者と同じ目に逢わせたのです。このような人間は、責任を問われたら、どうなるのでしょうか。

昔の人と同じように、神の言葉を無視したり、与えられた恵みを無駄にしたり、自分の中にある神の命を殺したりする人は、自分の愚かさ、自分の過ちを素直に認めて、神のいつくしみ深い愛において希望を見出し、神のゆるしを受け入れるとともに、神と和解することができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたの支配に逆らう悪の力を滅ぼしてください。
罪から解放されたわたしたちがあなたの国を待ち望み、
正義を行う者となることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

10月18日 聖ルカ福音記者 (ルカ10,1-9)

「主はほかに七十二人を任命し、ご自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。『収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。』」ルカ10,1-3

イエスがご自分よりも先に弟子たちを一人ずつではなく、二人ずつお遣わしになったのは、彼らが言葉によってだけではなく、互いに愛し合うことによっても、つまりイエスの教えに基づいて生きている共同体としても、イエスを証しするためでしょう。

イエスの弟子として、同じ使命を与えられている私たちは、個人としても共同体としても、イエスの望みに従って生きることによって、ますます多くの人がイエスを知るようになり、イエスの教え、イエスの愛と平和とともに、イエスご自身をも受け入れることができますように祈りましょう。

救いの源である神よ、

あなたは、聖ルカが書き記した福音を通して、
貧しい者に対するあなたの愛の神秘を示してくださいました。
キリストを信じる人々が、
心と思いを一つにして愛のあかしとなり、
すべての人があなたの救いを見ることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

10月17日 年間第28火曜日 (ルカ11,37-41)

「愚かな者たち、外側を造られた神は、内側もお造りになったではないか。ただ、器の中にある物を人に施せ。そうすれば、あなたたちにはすべてのものが清くなる。」ルカ11,40-41

私たちは、評価されるために、それとも他の利益を求めて人を助けたり、いろいろな良い行いをしたりするならば、自分のことを良く思えるし、他の人にも良く思われるかもしれませんが、それだけでは、本当に良い人で、他の人のことを清い目で見る人にはならないのです。

私たちは、自分の評判や他の利益を気にせずに、心から他の人の善を求めて、働くことができますように祈りましょう。

すべてを照らしてくださる神よ、
あなたは、暗やみにさまよう人たちがまことの道に立ち帰るように、
真理の光を輝かせてくださいます。
洗礼を受けたすべての人が、信仰に反することを退け、
キリストに従って生きることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

10月16日 年間第28月曜日 (ルカ11,29-32)

「南の国の女王は、裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある。」ルカ11,31

自分の病気を認めない人、または、自分の病気を認めても、治る可能性を信じず、それを求めない人、それとも、自分の状態にあまり慣れすぎているためとか、それを自分のアイデンティティや誇りにしているために、治りたくない人をどのように癒すことができるのでしょうか。この人の状態は、絶望的に見えるかもしれませんが、すべての人を愛し、一人ひとりのために真の幸せを求めておられるイエス・キリストは、希望を失うことも、この人を諦めることもなく、この人を助けるように常に働いておられるのです。

イエス・キリストの救いの働きによって、ますます多くの人が、自分の魂の病気を認めると同時に、この病気が癒されないかぎり、自分の心の望みに従って、本当に幸せに生きることができないという事実を素直に認めて、体の病気だけではなく魂の病気も癒すことのできる、イエス・キリストにおいて希望を見出し、イエスのもとに来て、癒していただく恵みを受け入れることができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
あなたはキリストによってわたしたちをあがない、
神の子どもとしてくださいます。
あなたの愛を受けた民を顧み、御子を信じる人々に、
まことの自由と永遠の喜びをお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

10月14日 年間第27土曜日 (ルカ11,27-28)

「イエスは言われた。『むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。』」ルカ11,28

聖母マリアは、神の招きを受け入れたので、神の御ひとり子であるイエスがマリアの人生の中に入りましたが、神の言葉であるイエス・キリストに最後まで忠実に従い、自分のすべてをささげたからこそ、イエスとの関係が完成され、マリアはイエスを通して、父である神と一つになったのです。

私たちは聖母マリアに倣って、洗礼を受けたことによって私たちの心に生まれたイエスと共に生き、どんな状況においてもイエスに信頼を寄せ、イエスに忠実に従うことによって、イエスとの関わりが深められ、完成されますように祈りましょう。

10月15日 年間第28主日 A年 (マタ22,1-14)

「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。」マタ22,2-3

多くの人々は、置かれている境遇に左右されています。自分の想像や期待通りになっている時は、喜びや安心を感じて、幸福感を味わっていますが、そうでない時は、がっかりして、怒り、不満、悲しみ、不安というような感情が湧き出て、人は不幸になります。

聖パウロは「自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えた」(フィリ4,11)と書いて、自分の精神的な状態は、周りの環境に支配されないようになったと告白します。このことが可能になったのは、つまり聖パウロが外部の境遇の影響から解放されたのは、彼を強めてくださったイエス・キリストのお陰だと言っています。

永遠に続く幸福を象徴している婚宴には、すべての人が招かれています。残念ながら、この招きを断る人がいます。この人たちは、自分の思いに従って幸せになろうとしていますが、彼らが頼りにしているものは変化しやすいもので、何時か必ず過ぎ去るものですので、彼らが味わっている幸福感は一時的なものにすぎないのです。

イエスの招きを受け入れて、宴会に参加する人が、変わることのない永遠に続く幸福を味わうことができるのは、イエスが彼らに特別に美味しい食べ物や飲み物を与えるからではありません。それは、イエスが彼らにご自分自身を与えるからなのです。

死に打ち勝って永遠に生きておられるイエスが、永遠に続く喜びの唯一の源ですので、イエスを愛さなければ、たとえ天国に入っても幸せにはなれません。けれども、イエスを愛すれば、天国に入らなくても、聖パウロのようにどんな状況においても、幸せに生きることが可能になるのです。

すべてを治められる神よ、
あなたは先にわたしたちを愛してくださいました。
この愛に支えられるわたしたちが、
いつも心から兄弟に仕えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

10月13日 年間第27金曜日 (ルカ11,15-26)

「しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。」ルカ11,20

すべての人々を悪霊の力から守り、罪の奴隷状態や他の束縛から解放するために、神の御ひとり子が人間になっただけではなく、ご自分を罪人の手に渡し、十字架上でご自分の命をささげることまでしてくださったのです。

私たちは、神の救いの神秘であるイエス・キリストの生涯を黙想したり、学んだことを実行したり、他の人に伝えたりすることによって、イエスとますます強く結ばれ、愛に生きるために段々と自由になり、父である神との交わりを深めることができますように祈りましょう。

 

10月12日 年間第27木曜日 (ルカ11,5-13)

「卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」ルカ11,12-13

父である神が、私たちに必要で、良いものだけを与えてくださることによって、私たち一人ひとりに対するご自分の愛を表し、私たちが最高の賜物を受け入れることができるように、私たち一人ひとりの心を準備させてくださっています。この最高の賜物というのは、聖霊、つまり神ご自身なのです。

私たちは、いただいている賜物において、神の愛の偉大さを見出すことができますように。そして、神に対する私たちの信頼と愛が段々と強くなり、私たちが神ご自身を受け入れ、また、自分自身を神にささげることができますように祈りましょう。

全能の神よ、
わたしたちがいつも聖霊の光を求め、
ことばと行いをもって、
み旨を果たすことができるように導いてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。