12月16日 待降節第2土曜日 (マタ17,10-13)

「言っておくが、エリヤは既に来たのだ。人々は彼を認めず、好きなようにあしらったのである。人の子も、そのように人々から苦しめられることになる。」マタ17,12

ヘロデ王が、罪深い自分の生き方を守るために、救い主の到来を告げた洗礼者ヨハネを殺したように、イスラエルの指導者たちは、自分の権力や特権を守るために、つまり不正と罪に満ちた生き方を保つために、イエス・キリストという救い主ご自身を殺してしまったのです。

自分の罪を認めることや生き方を改めることは辛くても、私たち自身とますます多くの人が、本当に幸せに生きるためには他の道はないという事実を認めて、イエスの愛の力に支えられながら、悔い改めて、正しい道を歩むことができますように祈りましょう。

全能の神よ、
あなたの栄光を、昇る太陽のように
わたしたちの中に輝かせてください。
御ひとり子の降誕によって夜のやみが打ち払われ、
わたしたちが光の子であることが明らかにされますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月17日 待降節第3主日B年 ヨハ1,6-8.19-28

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。 どんなことにも感謝しなさい。 これこそ、キリスト・イエスにおいて、 神があなたがたに望んでおられることです。」1テサ5,16-18

「あなたは、どのような人ですか」と問われたら、どのように答えますか。恐らく、どこで、また、誰に質問されるかによって、その答えが変わってくるのではないかと思います。普段、人々は場所や団体によって異なる役割を果たしていますので、自分自身の本性を知らない人は、そのような役割や人の期待に振り回されて、尋ねる人によって異なる答えを与えるだけではなく、どこに、また、誰と一緒にいるかによっても異なる生き方をしていて、結局、自分らしく生きることができないのです。

殆どの人と違って、洗礼者ヨハネは自分自身の本性をよく知っていましたので、どんな状況においても、たとえそれによって人から誉れを受けることになっても、はたまた、支配者の怒りを招いて命を失うことになっても、その本性に忠実に生きていました。洗礼者ヨハネは、そのような生き方をしていたために、世の光である方、また、世の救い主である方を見極めることができましたし、その方を世の光、世の救い主として、皆に指し示して、神から与えられた使命を果たすことができたがゆえに、彼の人生は全うされたのです。

福音記者ヨハネが教えています。「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである」(ヨハ3,19-20)と。世の光として来られたイエス・キリストは、私たちに、一人ひとりの中にある愛すべき素晴らしいところや、自分の本性を知る可能性と同時に、この本性に沿って自分らしく生きる可能性をも与えてくださっています。けれども、この可能性を実現するためには、まず自分の中にある醜いところを、また、悪や罪を認める勇気が必要です。神の無条件の愛こそがこの勇気の源ですので、神の愛を知る恵みと、この愛を信頼する恵みを祈り求めましょう。

12月15日 待降節第2金曜日 (マタ11,16-19)

「人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される。」マタ11,19

救い主を待っていた殆どのユダヤ人たちが、イエス・キリストがその救い主であることを見分けることができなくて、イエス・キリストを受け入れなかったのは、イエスが彼らの期待や想像通りの方ではなかったからです。幸いにして、自分の期待や想像を基準にすることなく、イエスの行いやイエスの教えを客観的に見て、イエス・キリストこそ神が約束通りに送ってくださった救い主であるということを見分けることができて、イエスを受け入れ、イエスが宣べた福音と成し遂げてくださった救いの恵みを、次の世代に伝えた人たちもいたのです。

ますます多くの人々が、この人たちと同じように心を開いて、イエス・キリストの働きがもうすでに2000年の間にもたらしている素晴らしい実りを見て、イエス・キリストを世界の唯一の救い主、唯一の希望として認め、キリストが成し遂げた救いにあずかることができますように祈りましょう。

信じる者の力である神よ、
御ひとり子が来られる日をひたすら待ち望みます。
福音の教えにしたがって目ざめて祈り、
燃えるともしびを持って、
救い主を迎えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

12月14日 待降節第2木曜日 (マタ11,11-15)

「はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」マタ11,11

恐らく20年以上、砂漠で祈りと断食の生活をしていた洗礼者ヨハネのように修行を重ねても、誰も天の国に入るのに相応しい人となることはできません。自分の努力によって得ることのできない永遠の命を、イエス・キリストが実現してくださった救いのわざによって、幸いにして誰でも無償の恵みとして受け入れることができるのです。

ますます多くの人々が自分の力の限界を認め、素直になって、人間にとって最高の幸福である永遠の命を受け入れ、神の国に入ることができますように祈りましょう。

恵み豊かな父よ、
御ひとり子の道を備えることができるよう、
わたしたちを力づけてください。
清い心で御子の降誕を迎えることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月13日 待降節第2水曜日 (マタ11,28-30)

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」マタ11,28

人間は、完全な愛の交わりのために創造されていますので、その心は、永遠の愛で満たされない限り、たとえ全世界を手に入れることができたとしても、真の安らぎや平和、そして、真の幸福を味わうことができないのです。

私たちは、私たちを真の愛の交わりへと招いてくださる主イエス・キリストを信頼して、この招きに応えることができますように。そしてイエスと共に生き、イエスが歩まれた道を歩むことによって、この交わりが完成されますように祈りましょう。

全能の神よ、あなたは、
主・キリストのために道を備えるようお命じになります。
わたしたちが弱さのために失望することがないように、
救い主への待望をゆるぎないものとしてください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月12日 待降節第2火曜日 (マタ18,12-14)

「そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」マタ 18,14

イエスは、罪の道に入った人を「迷った羊」に譬えています。羊は全く無力で、目がとても弱いから、牧場も水も見つけることができないし、迷ったら群れに戻ることもできません。幸いに、良い羊飼いであるイエスは、「迷った羊」を絶対にあきらめることなく、決して見捨ててしまうことなく、一匹一匹を探すために出かけて行くことを約束してくださいましたので、「迷った羊」の状態は非常に危険であっても、決して絶望的ではないのです。

イエス・キリストによって見つけられた「迷った羊」が、イエスを信頼して、イエスに従うことによって、永遠の命と愛の源である神のもとに立ち戻ることができますように祈りましょう。

父である神よ、あなたは、
地の果てまで及ぶ救いを約束してくださいました。
救い主の降誕を待ち望む恵みを
すべての人にお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月11日 待降節第2月曜日 (ルカ5,17-26)

「『人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。』そして、中風の人に、『わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい』と言われた。その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら家に帰って行った。」ルカ 5,24-25

罪を犯すことによって人間は、命の源である神から離れてしまいますので、そんなつもりがなくても、命を拒否し死を選ぶのです。罪に留まる人は、完全に滅びる前に、あらゆる面で衰え、いろいろな苦しみを体験していますが、イエス・キリストには、人間を神と和解させることによって、この人の心も体も癒す力があり、最終的には、創造主である神の望みに適う完成に導く力もあるのです。

私たちは、イエス・キリストの愛の力を信頼して、癒していただくことができますように。そしてイエスに従うことによって、自分の完成に近づくと同時に、多くの人々をイエスのもとに導くことができますように祈りましょう。

聖なる父よ、
わたしたちの願いに耳を傾け、
清い心をお与えください。
人となられたみことばの神秘を
喜び祝うことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月10日 待降節第2主日B年 (マコ1,1-8)

「見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ/御腕をもって統治される。 見よ、主のかち得られたものは御もとに従い/主の働きの実りは御前を進む。」イザ40,10

イスラエル人たちは、神に背いて罪を犯すことで、神から離れて生きる悲しみと苦しみをよく知っていました。そして、神のもとへと導く道を教えられても、自分の力だけでは立ち戻ることができないということも知っていたのです。彼らの状態は絶望的であるように見えましたが、預言者イザヤを通して神は彼らに大きな希望を与えてくださいました。それは神ご自身が彼らのところに来られ、彼らが罪を犯すことによって作った神との距離を、なくしてくださるという約束がもたらす希望でした。そのようなイスラエル人たちがやるべきことはただ一つでした。それは、心を準備して、彼らのところに来られる神を受け入れることであったのです。

実際に、神はイエス・キリストにおいてイスラエル人のところに来られ、この約束を成就してくださいましたが、彼らには心の準備ができておらず、待ち望んでいた救い主を受け入れる代わりに、十字架につけて殺してしまったのです。幸いに、人間が神に逆らっても、人間には神の救いの計画を滅ぼすことはできませんでした。神はキリストの死によって、罪の結果である死を滅ぼし、イスラエルの人々だけではなく、すべての人に永遠の命の可能性を与えてくださったのです。

この永遠の命とは、イエスと愛の絆によって結ばれて、三位一体の神との愛の交わりに入るということなのです。イエス・キリストはこの可能性を実現するために一人ひとりのところに来られ、ご自分との交わりへと招いてくださいます。この招きに応えてイエスを受け入れるために、私たちは常に心の準備をしなければなりません。この準備とは、自分の生き方を正すこと、つまり、キリストの教えに逆らう振る舞いをやめるように努力しながら、キリスト自身の生き方を身に付けるように努めるということなのです。

恵み豊かな神よ、
御子を迎えに急ぐわたしたちが、
あなたの力に強められて罪の妨げに打ち勝ち、
キリストに結ばれることができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月9日 待降節第1土曜日  (マタ9,35~10,1.5a.6-8)

 「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」マタ10,7-8

私たちが十二人の使徒たちと同じように、信仰の恵みとこの信仰がもたらす様々な力を与えられているのは、それを自分たちだけで楽しむためではなく、それを他の人と分かち合い、他の人を助けるように用いるためなのです。

私たちは与えられた力を、その与え主の望みに適うように用いることによって、自分の使命を果たし、神の国の素晴らしさを現して、多くの人々を真の癒しを与えてくださるイエス・キリストのもとに導くと同時に、命と愛の源である父なる神のもとに導くことができますように祈りましょう。

全能永遠の神よ、
あなたは人々を罪の滅びから救うために、
ひとり子を世にお遣わしになりました。
救いを心から待ち望むわたしたちにいつくしみを注ぎ、
まことの自由をお与えください。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

12月8日 無原罪の聖マリア (ルカ1,26-38)

「マリアは言った。『わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。』そこで、天使は去って行った。」ルカ1,38

マリアは、神から与えられた使命をより忠実に果たすために、神の言葉、神の導きを理解しようとしましたが、理解することができなくても、神に信頼して、神のみ旨と同時に神の働きをも受け入れていたのです。このように、マリアはいつも心を開いていて、いつも神と繋がっていましたので、神はマリアの人生において自由に働くことができて、マリアを通してこの世界に、ご自分の御ひとり子と共にご自分の愛と命を与えてくださったのです。

私たちはマリアに倣って、また、マリアの模範と取り次ぎの祈りに支えられて、いつも心を開いて神の導きに従い、神の言葉を実行することによって、神の愛と命をますます豊かに受け入れ、それを他の人に伝えることができますように祈りましょう。

救いの源である父よ、
あなたは、おとめマリアを御子のふさわしい母とするために、
初めから罪の汚れのないものとしてくださいました。
聖マリアの取り次ぎを求めて祈ります。
御子の十字架の恵みによって、聖マリアがすべての汚れを免れたように、
私も清いものとなり、あなたのもとに近づくことができますように。
聖霊の交わりの中で、
あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。