「激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。」マコ 4:37-39
- 全能の神は、私たちを悪から救うためにイエス・キリストにおいて人間になったこと、また、人間の手から激しい苦しみと残酷な死を受けたことによって、私たちに対するご自分の愛の偉大さを現してくださいました。それにもかかわらず、私たちは、何らかの問題や困難、また、他の意外な苦しいみに逢って、神が思う通りに私たちを助けてくださらないならば、弟子たちのように神の愛と善意を疑いがちであるのではないでしょうか。
- 私たちは、どんな状況においても、神の愛と善意を信頼することができますように、そして神の愛に強められ、神の導きに従うことによって、出逢った悪から善を引き出すことができますように祈りましょう。

「人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。」マコ1,27-28
「イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。」マコ 4:26
- 種が芽を出して、最終的に実を結ぶのは、人間がそれを土に蒔くからとか、水を注ぐからというよりも、種には、目に見えない生命力が働くからです。同じように、神の国が発展して完成されるのは、私たちが祈るからとか、宣教活動をしたり、他の良いことをしたりするからではなく、父である神がそれを望んで、その実現のために、私たちに理解のできない仕方によって働いてくださっているからです。
- 私たちは、イエス・キリストから与えられた使命を果たすことによって、父である神がイエス・キリストをとおして必ず実現してくださる神の国に入り、また多くの人々を導き入れることができますように祈りましょう。
「主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」ルカ 10:1-2
- 毎年と同じように今年も、キリスト教の歴史において最も優れた宣教師であった聖パウロの回心の祝日に続きまして、今日、聖パウロの弟子であった聖テモテと聖テトスの記念日を祝います。教会がこのように祝日を並ばせることによって、また、今日のために定めた聖書の朗読によって私たちに伝えたいのは、宣教活動は個人の作業ではなく、共同作業であり、大切なのは、いただいた信仰を次の人に、次の世代に伝えることであるということなのです。
- 信仰は2000年をとおして私たちに伝わってきたことを感謝しながら、私たちもこの信仰を自分の行いと言葉によって次の世代に伝えることができますように祈りましょう。
「イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」マコ 16:15
- 犯罪人と同じように十字架上で亡くなったイエスは、パウロにとって神によって呪われた偽りのメシアで、イエスがメシアであると信じて、イエスのことを他の人に伝えていた人たちは惑わされた人、または、他の人を惑わす人であったので、彼らを迫害することは、正しいことで、神に仕えるものであると考えていたわけです。しかし、十字架上で亡くなったイエスが生きておられると体験してから、イエスを復活させた神はイエスこそが真の救い主であることを示したことを自覚し、イエスに従い、イエスとその福音を宣べ伝えることこそ神に仕えるものでると確信をもつようになったのです。
- 益々多くの人々が生きておられるイエスと出会い、自分の生き方を改め、イエスに従い、イエスから与えられる使命を聖パウロと同じように熱心に果たすことができますように祈りましょう。
「イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」マコ 3:33-35
- 「神の御心を行う」、つまり神の望み、神の意向に従って生きている人々は、イエス・キリストの兄弟姉妹になり、父である神ご自身の子どもになるのです。
- 誰よりも神の望みに忠実に従って、神の子でるイエスのお母さんになったマリアに見倣って、私たちも、神の望みを現すみことばに従て生きることによって、イエス・キリストをとおして、父である神との絆を深めることができますように祈りましょう。
「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」マコ 3:28-29
- イエスには、悪霊とか、自然や病気に対する力があっても、心を閉じている人に対して殆ど無力なのです。人間を悪から救うために、この人の間違った選択や犯した罪の結果を示すことと、父である神の無条件の愛を現すことによって、この人を神のもとへ招くことなのです。
- 私たちは、イエスの招きに応えて、あらゆる罪から離れ、父である神との愛の交わりのうちに生きることによって、すべての人々を救いたいと望んでおられるイエス・キリストに協力することができますように祈りましょう。


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